さえない男性が、まるで別人のようなイケメンにヘンシン──動画総再生回数1億3000万回を超える、話題の「ビフォーアフター動画」を手がけるのは、美容室『DIECE SHIBUYA(ダイス シブヤ)』の代表兼スタイリストの大月渉さん。
この動画を見て、「自分を変えたい」「自信をつけたい」と、全国から来る男性客が後を絶ちません。その後も『マツコ会議』(日本テレビ系)で取り上げられるなど一躍、人気美容師となった大月さんに、“変身動画”を始めた理由や、自分に自信を持つコツなどをお聞きしました。
担任教師のひと言で志した美容師の道と、師匠に巡り合うまで
──高校時代から友達のヘアセットを頼まれたりしていたようですね?
「そうなんですよね。高校生のときはギャル男で、髪の毛をいじるのが結構、得意でした。それでアイロンとドライヤー、ワックスを学校のトイレに持ち込んで、友人のヘアセットもやっていましたね。でも、1人あたり500円をもらってセットしていたら、担任の教師にバレてしまって(笑)。
そういった意味では、あまり素行のいい生徒じゃなかったので、停学になりそうになることもあったんですが、そのたびに担任の先生が盾になってくれて。ただ、“金銭のやりとりだけはかばえないから、ここでやめておけ”と言われ、“これだけは守ろう”とすぐにやめたんです。
そのとき、先生に“おまえ、そんなに好きなら美容師になればいいのに”と言われて。それがきっかけで美容師を目指しました」
──その後は、美容専門学校に進学したのでしょうか?
「船橋にある美容専門学校に進学しました。でも、千葉ではなく、東京で美容師がしたかった。東京でできないのなら、美容師になる意味がないと思っていました。そのころ、渋谷にある美容サロンに髪を切りに行くようになって。そこで出会ったのが、美容師になってから自分にイチから教えてくれたお師匠さんだったんです。
当時、ヘアカットをしてもらいながら、“美容師の離職率が多いのって、なぜなんですかね”と、いろいろと美容師に対する疑問をぶつけていました。すると、“アシスタントは確かにきついけど、スタイリストになればやりがいのある仕事ができる。それを知らないうちに辞めてしまうのは、先輩であるオレたちの責任なんだよね……”という話をしてくれて、非常に驚いたんです。
“まだ現場を知らないこんなオレにも、本音を話してくれるんだ”と思って。それでこの人の下で働きたいと思い、その場で“新卒採用の面接をやってください”ってお願いしたんです」
つらさもやりがいも楽しさも、すべて味わったアシスタント時代
──実際に師匠のもとで働いてみて、どうでしたか?
「新卒で働き始めた美容室では、当時アシスタントは僕だけだったので、3人の先輩スタイリストのお客さんのシャンプーやカラーリングなど、すべてを1人で担当していました。それは想像以上にきつかったですね。
それに、朝が弱く寝坊することも多々あって、後輩である僕が先に準備をしなきゃならないのですが、先輩が出勤しても店は開いていないし、タオルも出ていないなど、周りによく迷惑をかけていました。
そんなこともあって、お客さんの前で先輩に怒鳴られることもよくありました。それで店に行くのが嫌になって、眠りにつくのが遅くなり、また朝起きれない……という悪循環にハマってしまって。当時は、仕事が嫌で嫌でしょうがなかったです。
それでもお師匠さんが、自分が怒られたその日、必ず飲みに誘ってくれて。怒られた直後なので、最初はどういう顔で接していいかわからなかったんですが、何度も連れ出してもらううちに、少しずつ気持ちの切り替え方などを身につけられるようになったと思います」
──途中で仕事を辞めずに、続けることができたのは、師匠の存在が大きいですか?
「お師匠さんが期待してくれていたからじゃないですかね。当時はホストのお客さんが多かったので、夜中に宣材写真を撮るのに、駆り出されることもよくありました。美容室の仕事が終わって、夜中の2時にスタジオに入り、アシスタントとしてついていくと、お師匠さんが“手が回らねえからおまえもやってくれ”と言って、ぶっつけ本番でスタイリストの仕事を任されることが増えていきました。
つらかったですけど、そんなチャンスをもらえるようになって、すごくやりがいがありました。それに、お師匠さんも“こいつならやれるだろ”と任せてくれたと思うので、それに応えたいという気持ちも芽生えてきたんです」
──その後、美容室『DIECE SHIBUYA』を設立されますが、独立されたのはなぜですか?
「本当は、お師匠さんが店長を務める新たな会社に、一緒に転職する予定だったんです。ですが、当時入社2年目で、すでにスタイリストになっていたので、“今後この道で本気で勝負するなら、お師匠さんから自立すべきだ”と思い直し、初めて師匠から離れることを決断しました。
その考えをお師匠さんや当時の会社の代表に話をして、結果的に師匠だけがお店を辞めて、オレは残ることになりました。でも、自分で決めたこととはいえ、お師匠さんがいなくなって目標がなくなってしまい、次第に自分の売り上げも頭打ちになってきて……“このままではダメだ”と思い、新たなチャレンジのために、独立を決めました」
──当時から、カットは男性限定だったのでしょうか?
「そうですね。最初は女性のヘアカットもやっていたんですけど、当時SNSにメンズのヘアスタイルばかり載せてたんですよ。2018年ごろで、まだ美容師があまりSNSを使っていなかったこともあり、SNSを見た男性のお客さんが、どんどん来店するようになったんです。
男性のお客さんと女性のお客さんとでは、滞在時間が違うので、たくさんのお客さんをカットするために、メンズ1本でやるようになりました。今でもそうですけど、SNSで女性の方から“切ってください”とDMをいただくことがありますが、お断りさせていただいています」
ヘアカットにやってくるお客さんのさまざまな人生模様
──話題の「変身動画」を長らくやっていますが、始めたのはどういう理由からですか?
「お師匠さんと働いていたときに、一緒に作り始めました。当時は今よりも若いお客さんが多かったし、“一緒に楽しいことをやろうよ”といったノリで、とにかくお客さんを楽しませたいというのが一番にありました。それと、もうひとつは自分の思い出を残すためです」
──“自分の思い出”というのはどういうことですか?
「単純に“当時は痩せてたなぁ”とか見直すのもあるんですけど、“昔はこんな髪形が流行(はや)ってたんだ”というような、アルバム代わりになっていますね。だから、PRではないんです。この動画を見てお客さんが来てくれたり、フォロワー数が増えたりするのはありがたいんですけど、これで一発もうけようという気持ちはさらさらないです。
動画の編集作業は、昔から自分でやっていて、ときには飲みながらなんてことも。クオリティもそこそこですし。でも最近は(Instagram機能の)リールでサムネイルの大きさを意識してしっかり編集するようになったので、以前より少しよくなったと思います(笑)」
──変身動画を見ると、お客さん一人ひとりの髪を切ろうと思った背景が詳細に書かれていますが、大月さんとお客さんとの会話が元になっているのでしょうか?
「そうです。美容室に来るのが初めてというお客さんが多く、みなさん緊張されているので、ガチガチのまま終わるより、フランクに話したほうが、お客さんも楽しく帰ってくれるじゃないですか。だから、とにかくお客さんのことを聞きまくったり、“マジっすか!”と、ときにはカットしている手を止めてお客さんとしゃべりますね」
──印象に残っているエピソードってありますか?
「板金の仕事をしているお父さんのエピソードですね。“普段は洋服も身なりも汚いから、せめて娘の成人式ぐらいはキレイな格好で迎えてやりたい”と来店されて、その話を聞いたとき、“なんていいお父さんなんだろう”と思いました。
この動画の編集を、居酒屋のカウンターで行っていたんですけど、そのときの会話を思い出してボロボロ泣いちゃって。居酒屋の店員さんにもめちゃくちゃ心配されました」
──動画を見て、来店される方は今も多いですか。
「今では国内はもちろん海外からもお客さんにご来店いただき、反響の大きさを実感しています。先月も、一度来店されたお客さんから、“今度、結婚式を行うので、スタイリストとして来ていただけませんか”と依頼を受け、石川県の能登半島に1日出張してきました。由緒あるお寺の住職の息子さんで、奥さんにも非常に喜んでいただけました。
昔は、自信がない方が動画を見て、“こんなにカッコよくなれるんだ。自分もそうなりたい”と、来店されることが多かったんですが、最近は奥さんや娘さんが動画を見て、“うちの旦那やお父さんをこのぐらいカッコよくしてほしい”と、ご連絡をいただくことが増えてきましたね。
どちらにしても、髪を切ることで自分の意識してこなかった隠れた魅力に気づくと、表情が一気に変わり、話す言葉にも自信がうかがえるようになります。変身動画をやるようになって、きっかけさえあれば、人は誰でも変われるんだということに改めて気がつきました」
ヘアスタイルを変えることがコンプレックスと向き合う第一歩に
──スタイリストとして、お客さんと向き合ううえで大切にしていることは何ですか?
「自分に自信が持てない方は、何かしらのコンプレックスを持っていることが多いです。そんな人はコンプレックスを口に出すのも恥ずかしい。だからこそ、それを気軽に話せるようになれば、自分のコンプレックスに向き合えるようになってきます。
少しでもそういう機会が提供できるよう、カット中はできるだけ相手の緊張がほぐれるようにと、こちらからいろいろ話しかけたり、お聞きしたりしています。これは持論なんですけど、コンプレックスがなくなれば自信がついて、短髪やマッシュなど、どんな髪形にも挑戦できるようになります。
それでさまざまなヘアスタイルを楽しめるようになれば、人生はもっと楽しくなると思うので、できれば早めにコンプレックスをとっぱらってしまったほうがいいわけです。“ヘアカットが、その一歩になれるように”ということを、常に意識しています」
──自分だけでコンプレックスに向き合うのは勇気がいるし、なかなかできないことなので、やはり大月さんのような美容のプロと話をするのがいいのでしょうか?
「そうですね。お客さんとの場が和むように接しているのはもちろんですが、“どこか、気になるところはありますか”と尋ねながら、会話の中でコンプレックスに感じているところを探っていくので、お客さんもコンプレックスを意識せずに話せると思います」
──だから、リピーターの方も多いんですね。
「ありがたいことに、ご来店いただいてから、その後も通ってくださるお客さんがたくさんいます。でも個人的には、一度お越しいただいたときに、美容室で髪を切る楽しさを実感してもらえたら、他の美容室に変えてしまってもいいと思っています。
それもひとつの楽しみなので。いろんな美容室に行って、いろんな髪形を試して自信をつけてもらえたらいいと思います」
次回は、編集スタッフが実際に大月さんにカットしてもらい、ビフォーアフターの変化を体験します! そのほか、平成と令和で変わってきたという、男性の“カッコいい”についての変化や、誰でも簡単にセンスのよさを身につける方法についてお聞きします。
(取材・文/西谷忠和、編集/本間美帆)