老年看護のプロフェッショナルとして、83歳の現在も教壇に立ち続けている小池妙子さん。週1回、東京の自宅から横浜の看護専門学校まで電車で通い、90分の講義中は立ちっぱなしだ。79歳で初期乳がんの切除手術を受けたものの短期間で復帰した。
その2年後には地元、板橋区に地域のふれあいの場をオープン。そして今年、なんと83歳にして「東京オリンピック2020」の聖火ランナーに選ばれたという小池さん。そのパワフルさの秘訣を聞いた!
心身の不調を招く“老人肺”
「年をとると、筋力と同時に臓器の機能も低下します。人間の生命活動の要といえば呼吸。人が生きていくうえで呼吸という営みは欠かせません」
人は、1分間に平均15回、1日に約2万回以上、一生では6億回から7億回の呼吸をする。これが、加齢によって、機能が衰えるのだ。
「呼吸をするために使われる筋肉(呼吸筋)は、加齢によって硬くなり、収縮運動をスムーズに行えなくなる。同時に肺そのものも弾力を失うため、空気を出し入れする力が弱まってしまうのです」
筋肉を鍛えるというと、ついダンベル体操などの筋トレを想像してしまうが、外側の筋肉と同じぐらい内側の筋肉(見えない筋肉)を鍛えることが大事、と小池さん。
「見えない筋肉を鍛えることで、周りの臓器の老化を食い止められる。年をとって何もしないでいると、老化が進み“老人肺”となります」
老人肺になると風邪や肺炎などの感染症にかかりやすい。また、高齢者に多い誤嚥性肺炎や、COPD(慢性閉塞性肺疾患)など、さまざまな病気の原因となる。
「みなさん、生活していて呼吸を意識することはほぼありませんよね。息が苦しい、呼吸が浅い。もしそういう状態があれば、いい呼吸ができていない可能性があります。いい呼吸とは、一度に多くの酸素を取り込み、一度に多くの二酸化炭素を吐き出す効率のいい呼吸のこと。ところが、年をとると、肺の筋力が衰え、普段の呼吸で息を吐いても、息が吐ききれず、汚れた空気が残ってしまうのです。これを“残気”と言います」
残気が増えすぎると、呼吸しづらく、また心身の不調を引き起こす。呼吸と自律神経には大きな関係があるので、感情が沈みがちになったり、イライラの原因にも。聞き慣れない“残気”だが、その影響は驚くほど大きい。健康な肺でも残気は肺全体の40%を占め、残気量が60%を超えると息苦しさを感じはじめる。
肺を若返らせるには?
「残気の量を減らす手っ取り早い方法は深呼吸。でも24時間、深呼吸を行うことは不可能だし、すべての残気が深呼吸で外に出ていくわけでもありません」
そこで考案したのが、トントンと肺を叩く方法。胸を叩いて、その振動で肺の中の残気を外に出す。老人肺にも有効なこの方法は、看護師時代の経験から編み出した。
「タッピングといって、痰が出やすくなるように胸を叩く療法があります。手のひらをお椀の形に丸めて、1秒に2回ほどの速度でリズミカルに叩く。そうすると気管支が振動し、痰が出やすくなる」
トントンと胸を叩くことで、不安や緊張を取り除く効果もある。呼吸器科の患者さんがよくタッピングされていたのが、ヒントとなった。
「小児病棟にいたときには、喘息の子どもの胸をトントン叩く親もいた。これは、誰でもできる手軽な健康法。寝たきりの方がやってもいい。重症の病気でも、手術後でも、どんな人でも運動が必要というのが医学的事実ですから」
身体の一部を動かすだけでも血流改善効果が見られ、気持ちよく運動すれば、脳にエンドルフィンという鎮痛物質が分泌される。
「私は、79歳のときに乳がんで片乳切除の手術を受け、その翌日から階段昇降の運動を始めました。そのおかげで、早期退院となりました」
新鮮な空気を肺に与えることは、健康の“基本中の基本”なのだ。
「新鮮な空気が肺、そして身体全体に何よりも重要。近代看護学の母、ナイチンゲールが著書に記しているとおり、看護師が細心の注意をすべき最初にして最後のことは、“患者が呼吸する空気を、患者の身体を冷やすことなく、まわりの空気と同じ正常さに保つこと”なのです」
年をとった肺は、新鮮な空気を取り込む力が弱る。でも、トントン肺を叩くだけで肺の老化を食い止め、現在の息苦しさも改善できる。
「今の自分を癒し、未来の自分に健康を準備する健康法。そんなふうに考えて、胸をトントンしてください」