真摯な瞳でカメラを見つめる奈々福さん 撮影/山田智絵

浪曲という“大衆芸能”をもっと根づかせたい

 現代にも通じる浪曲をと、奈々福さんは常に考えている。講談や落語に人間国宝はいるが、浪曲にはいない。これは、浪曲が明治時代にできた芸能のため、「古典芸能」として認められていないからではないかと彼女は言う。もともと浪曲は、どんどん新作を作れという風潮がある。だったら、今の時代に通じる“大衆芸能”として客に支持されなければと、奈々福さんは前向きに考えている。

「私、講談と浪曲って隣接している芸だと思っていたんですが、芸のアイデンティティーが違うんです。講談は芸よりネタの継承が重要。今、神田伯山さんが人気ですが、彼の師匠の松鯉先生は500以上のネタを持っていらっしゃる。伯山さんは、それらの物語を継承していかなくてはいけない。浪曲は、継承も大事だけれど、いかに目の前のお客様を喜ばせるかをいちばん重視しているんです。やはり大衆芸能の最たるものなんですよ

 舞台での奈々福さんは生き生きと楽しそうだ。節を回して客の気持ちを高まらせ、ここぞというときは、重くて高い音をガツーンと客席に放ってくる。声に酔わされた客は、一瞬固まり、次の瞬間、ふうっと息をつく。舞台と客席の一体感はまさに、“声”が支配する緊張感に満ちた歓喜そのものである。

「お客様が楽しんでくれればそれがすべて」

 うれしそうに言う奈々福さんだが、一席のための準備は念入りに行う。そして、その時間が案外楽しいと語る。

「舞台に立つ前日はよく寝て、緊張も興奮もしないで淡々と舞台に上がることを心がけています。着物と帯あげはあれにしよう、まずは笑顔で出よう、(自分と組む)三味線は若い子だから、いろいろ注意はしたけど本番前にはあまり言わないほうがいいなとか、とにかく自分ができる準備はすべてやります」

柳の木の下で。まさに“見返り美人”  撮影/山田智絵

 先のことといえば、せいぜい来年、何をやろうかなと思うくらいだと笑う彼女だが、「いくつまでこの声が出るかな」と、ふっと浮かぶことはあるとつぶやいた。

「身体と心のせめぎあいなんです。声に特化した芸だから、声の強さ大きさもそうだけど、声帯の柔軟性がどこまでもつか」

 それでも浪曲を目指す若い人たちを増やしたい。浪曲を聴く若い人たちも増やしたい。この大衆芸能をもっと根づかせたいと、彼女は力強く語った。

「とにかくナマで聴いていただきたいんです。私たちが身体ひとつで描く世界を体感してほしい。人間の身体のナマの迫力を侮(あなど)らないでいただきたい。そして聴く側は、自分たちの感性の可能性を信じてもらいたい」

 熱のこもった言葉が次から次へと飛び出してくる。

「語り芸」は、受け手である客の想像力が試され、鍛えられるものでもある。自分の中に、現実とは違う世界ができあがるのだ。こんなぜい沢な遊びはないのかもしれない。そして奈々福さんは、客の笑顔を見るために、今日も東奔西走、浪曲界を盛り上げている。

(取材・文/亀山早苗)

【※奈々福さんが浪曲界に飛び込むまでの詳しい経緯、及び、新たな世界で築いた人間関係については前編《元編集者の浪曲師、100人に満たない話芸の世界へ飛び込んでつかんだ「最大の幸せ」》に綴っています】

【INFORMATION】
玉川奈々福さん出演公演
『第54回豪華浪曲大会記念「浪曲、未来を拓くために!」』

2021年10月23日(土)、江戸東京博物館大ホールにて、昼の部・夜の部の2公演開催。
詳細は日本浪曲協会のホームページ