そして『ガロ』のヒットにメラメラしていたのが、漫画の神様であり、負けず嫌いの神様でもある手塚治虫です。手塚は1967年に『COM』という、『ガロ』への対抗心をむき出しにした雑誌を創刊。「まんがエリートのためのまんが専門誌」というキャッチフレーズのとおり、それまでの子ども向け作品とは違った、実験的な青年向け漫画を掲載します。

 手塚は、『ガロ』のスター作品だった白土三平の『カムイ伝』に対抗して、『火の鳥 黎明編』を巻頭で連載します。また、石森章太郎が『ジュン』という、セリフがほぼない作品を発表しました。

 また、『ガロ』と同様に、デビュー志望者からの投稿欄(「ぐら・こん」)を掲載。ここから、あだち充、岡田史子、竹宮惠子、長谷川法世、日野日出志、諸星大二郎といった1970年代以降の漫画ブームをけん引する漫画家を輩出しています。

少女漫画に「ロマンチックさ」が芽生える

 また、1960年代は少女漫画にも新しい波が出てきた時代なんです。

 1950年代に手塚治虫が『リボンの騎士』をはじめ『ナスビ女王』『龍が淵の乙女』といった、ロマンにあふれている、ファンタジックな世界観の作品をリリースしました。

 とはいえ、戦後当時はまだまだこうしたロマンチック系の作品は少なかった。どちらかと言うと『サザエさん』のような、ありのままの女性像がウケていた時代だったんですね。

 そんななか出てくる少女漫画界のスターが、トキワ荘の紅一点・水野英子。彼女は赤塚不二夫・石森章太郎と共同で漫画を描いており、その縁でトキワ荘に入りました。彼女の出世作となったのが1960年の『星のたてごと』。日本で最初に北欧神話を題材にした作品です。また、その後に『白いトロイカ』を発表。これはロシアの帝政時代を舞台にしたものでした。

 こうした「西欧的な世界観を舞台にした壮大でロマンチックな少女漫画」は、1970年代に大ブームを巻き起こします。水野英子はまさにその先がけであり、「女性版・手塚治虫」といわれることもあります。

 そのほか「学園もの」や「ギャグ漫画」が少女漫画の世界に取り入れられるのも1960年代です。

1964年の東京五輪で盛り上がる「スポ根漫画」

 1960年代といえば、1964年の東京五輪です。これによって「スポ根もの」がめちゃめちゃブームになります。漫画界では梶原一騎が大活躍。原作者として1966年に『巨人の星』、1968年に『あしたのジョー』『タイガーマスク』を発表します。

 また、東京五輪で大人気となったのがバレーボール女子の日本代表、通称「東洋の魔女」です。ずっと「え、国の英雄なのに魔女? ディスってるやん」と思っていたのですが、負かされた側のヨーロッパのメディアが「魔女」と称したのが由来だそうですね。

 そんなバレーブームにあわせて、少女漫画では1968年に『アタックNo.1』が登場。その対抗馬として同年に『サインはV!』がスタートします。同じ年に同じスポーツの漫画が2作出てくるのが、まずスゴいですよね。しかも、供給過多にならずに「両方とも国民的人気作になった」というのが、東洋の魔女ブームのすさまじさを表しているといえるでしょう。

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 今回は1960年代の漫画の歴史をご紹介しました。トキワ荘、劇画、ガロ、COM、西欧風少女漫画、東京五輪のスポ根ブームと、当時の漫画界隈(かいわい)はマジで大忙しですね。

 1960年代は漫画という娯楽が、子どもにとって欠かせないものであり、さらに、大人にも受け入れられてきた時期でもあります。

 そんな黎明期ゆえ、フォーマットも何も定まっていなかった。逆にいうと「何でもあり」の時代だったんですね。だからこそ、あらゆる革命が起こり、“型”が定着していく。そして果敢に挑戦して型を発見した漫画家は、後世に影響を与えたレジェンドとして語りつがれるわけです。1960年代は赤塚不二夫、石森章太郎、藤子不二雄、さいとう・たかを、白土三平、辰巳ヨシヒロ、松本正彦、水木しげる、水野英子など「レジェンド大量発生の時代」です

 次回は今回ご紹介した巨匠たちが活躍しつつも、若手がまた新たな扉を開けていく1970年代をご紹介。少年漫画はもちろん、少女漫画がグワーッと盛り上がった、きらびやかな時期ですね。あのバラや星が乱舞するキラッキラの世界は、いったいどのようにして広がっていったかを見ていきましょう。

(文/ジュウ・ショ)


【参考文献】
◎『日本漫画全史:「鳥獣戯画」から「鬼滅の刃」まで』(平凡社刊)
◎『日本の漫画本300年:「鳥羽絵」本からコミック本まで』(ミネルヴァ書房刊)
◎『「コミックス」のメディア史 モノとしての戦後漫画とその行方』(青弓社刊)
◎『劇画バカたち!!』(青林工藝舎刊)
◎『漫画熱』(筑摩書房刊)
◎『赤塚不二夫裏1000ページ』(INFASパブリケーションズ刊)
◎『ぼくの藤子スタジオ日記 完全版』(藤子不二雄ファンサークル ネオ・ユートピア刊)