将来、多嚢胞性卵巣症候群になる可能性があると言われて

 20代前半のころは、自分自身「まだ若いからそう思うだけで、アラサーくらいになれば考えが変わるかも」と楽観的に考えていた。

 しかし、私は30歳になっても子どもが欲しいと思えなかった。

 子どもを産むか産まないかの選択についてリアルに考え始めたのは、30代前半だった。

 10代から生理不順で、25歳のとき、無月経になり婦人科を受診すると、「黒い丸いのが見える?」と卵巣の中のエコー写真を見せてもらった。医師の言葉どおり、黒い大きな丸があった。

「無駄になっている卵みたいなものでね、これが多くなると、多嚢胞性(たのうほうせい)卵巣症候群(PCOS)といって、妊娠しづらくなることもあるの。まだ若いから大丈夫だと思うけど」

 特に衝撃は受けなかった。

 時を経て33歳のとき、無月経になって婦人科に行くと、エコー写真の黒い丸が増えていた。

「この状態が続くと多嚢胞性卵巣症候群になるから、子どもを望むなら早めに不妊治療専門のクリニックに行ったほうがいい。望まないなら、生理が3か月こなくなったときに婦人科を受診して、ピルを飲んだり注射をしたりすれば大丈夫」

 ショックだった。

 不妊外来を勧められたからではなく、「産むために治療をする」もしくは「自分の意志で産まない」、その選択をしなければならない時期が迫っていると知ったから。

 だが、診察室で「どうする?」と医師に言われてからの返事は早かったと思う。

「大丈夫です、子どもは望んでいないので」

 はっきりと言ったが、家に帰ってから落ち込んだ。

妊娠しにくいと知って「産まない選択」がリアルに

 本当に、いいのだろうか。

 夫には子どものいない人生をともに歩んでもらうことになるし、老後、子どもや孫がいない人生は寂しくないだろうか。

 私は自分の経験を振り返ってみることにした。

 幼いころから、将来、自分が子どもを産んだり一緒に暮らしたりする姿を想像したことがなかった。

 1歳のころ、実の両親が離婚して親権を母が持ち、6歳のときに母が再婚をするまで、私の生活に「父」はいなかった。

 子どもが欲しいと思えないと母に言うと、「両親が離婚したせいかな」と母は自分を責めるが、私の実父は不倫を隠さないような人だったそうだし、離婚は母の人生のために必要なことだったので、気にしなくてもいいと考えている。

 ただ、自分が将来、結婚して子どもができたときに、夫が子どもを可愛がっているのを見るのは嫌だなと思っていた。

 自分が父親に可愛がられた経験がないからだ。

 これは、私が子どもを持たない選択をしたいと思うようになった理由のひとつではある。

 だけど、「理由」はこれだけではない気もするし、そもそも、子どもが欲しくないと感じることに理由を求める必要はあるのだろうか。