世間の常識から外れても、鴨長明は生き生きとしていた

──本書には「平均寿命が可視化されたからこそ、不安が増した」というような言葉もありました。これは、どういった意図で書かれたのでしょうか。

「平均寿命が〜とか、保険が〜、年金が〜って話を聞くたびに、それまでは“今日1日を、責任を持って生きるぞ”と思っていたのに、不安が50年先までグワーッと広がっていく感覚があったんですよね。

 日本人男性の平均寿命が81歳ですよって言われると、“今が奪われる”っていうか。“将来のためにこれをしなくてはいけない、資産を蓄えておかなければいけない”っていうふうに、勝手にしばりができてしまいます。先が全く見えないトンネルに入るみたいなもので、今この瞬間すら楽しく生きられていないのに将来を考えたところで、うまくいくわけがないですよね。

 でも、1日1日を懸命に生きるぞって思うと、その日に集中すればいいので、それ以上迷わないし、まとまりが出て思考がスッキリするんですよね。今の自分が、今この瞬間の最善をきちんと生きたときに、はじめて将来の自分にバトンを渡すことを許される、という感じがします。“これを毎日続ける以上に、将来のためになる行動ってないじゃん”と思うんです。

 ただ、1つの名言かのように、スパッと言い切りたくもないんですよね......。ひと言で片づけられる内容でもないので。ただ、少なくとも、現代社会には不安を煽る情報があまりにも多い気はしますね

──最後に、『フツーに方丈記』をこれから読む方に伝えたいことがありましたら、お願いします。

「現代を生きるヒントにしてもらえたらうれしいです。原文の『方丈記』は、鴨長明が立て続けに災害に見舞われて、“地位や名誉やお金のために頑張っていたのに、その社会はたった一度の災害や疫病で簡単に壊れてしまうし、いったい何を頼りにして生きていけばいいんだろう”という思いを書いた随筆なんですよね。

 私は『方丈記』を、地位、名誉、名声、お金、人間関係など……社会的成功の指標とされる常識や価値観をひとつずつ疑っていって、ひとつずつ理解していくルポタージュ的に読みました。

『方丈記』を読んで現代を思い返すと、2011年の大震災でライフラインが壊れましたし、外国では戦争も起こりましたし、人間の悩みって800年前と全く変わっていないんですよねその悩みは、“目の前のものがずっとある”っていう固定概念にとらわれているからこそ生まれるというか。

 鴨長明はそれを理解して、固定概念を捨ててひとつずつ自分の価値観を組み立てていったんだと思うんです。私たちも、そんな鴨長明が“800年前に社会の常識から自分の意思で外れたのに、イキイキとしていた”ということがわかっていたら、今後何があっても大丈夫なんじゃないかなって思います。

 なので、気軽に手に取ってもらって、人生の価値観を自分なりに組み立てるきっかけになれば、それ以上にうれしいことはないですね」

◇   ◇   ◇

 終始、穏やかな口調でありながら、人生に迷う若者にひとつの選択肢を与えてくれた大原さん。

 その独特な切り口は、固定概念がどんどん形成されやすい現代において、非常に貴重な言葉になるのでは、と思います。筆者も、この世界で「自分だけの価値観」を作っていこうと思えました。

(取材・文/翌檜 佑哉)


【PROFILE】
大原扁理(おおはら・へんり) ◎1985年、愛知県生まれ。トラベルライター、作家。高校卒業後に海外ひとり旅を経て25歳のときに東京・国分寺市で月7万円程度の隠居生活を送り始め、31歳で台湾に移住。一時帰国後、コロナ禍により台湾へ戻れないときに読み返した『方丈記』から着想を得て、自身の経験を交えながら現代に昇華させた『フツーに方丈記』(百万年書房刊)を上梓。そのほかの著書に『20代で隠居 週休5日の快適生活』(K&Bパブリッシャーズ刊)『年収90万円で東京ハッピーライフ』(太田出版刊)などがある。
公式ブログ→https://ameblo.jp/oharahenri
公式Twitter→@oharahenri

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