女性はもっと自分の欲望に忠実になってもいい。ただし「心の穴」には気をつけて
──現代ではSNSなどで他人の生活が垣間見られるようになり、自己肯定感が得られにくくなっています。結婚している友人の投稿などを目にして、焦りを募らせる女性もいるかと。そのような中で自分らしさを失わないためには、どのような心構えで過ごせばよいと思いますか。
「仕事をし自立している女性たちの中にも自己肯定感を持てない人が多いのは、世の中の矛盾を押しつけられているからだと感じています。
完全な人間なんていなくて、すべての人の心に穴があいていると僕は考えてるんですが、それは誰しもが小さい子どものころに、さみしさや劣等感、不安、罪悪感など、自分ではコントロールできない感情を味わった経験があるからで、私たちは無意識にその穴を恋愛や仕事のやりがいで埋めようとしています。がんばりすぎてしまうという性格もその人の心の穴のかたちだし、ある特定のタイプの人に決まって依存したり、つい反抗してしまったりしてうまくいかないというのも、小さいころの親兄弟との関係が原因の根っこにあったりしますよね」
──自分の中の満たされないなにかを「心の穴」という表現で表しているのは、腑に落ちます。
「心の穴が、どんな“自分を不幸にしてしまう、まちがった信念(思いこみ)”や“考えかたの癖”を生んでいるかを自覚しておくのか大切かと。悪い男が好きとか依存してくるダメ男が好きとかは、だいたい“まちがった考えかたの癖”です。それに気づいていれば、だんだん矯正されてくる。思いこみはなるべく解除して、求めつづけることで幸せを感じられるような欲望には正直になるのがいいわけですが、その区別をつけるのが難しいかもしれない。何が“幸せ”なのかがそもそもバグっていたり、女性が欲望をハッキリさせて主体性をもつことが社会のタブーになってるからです。心の穴をあけたのが親との軋轢(あつれき)だけではなく、女性に不利な社会の制度である場合もある。
たとえば優秀できれいな女性にダメな男を好きになる癖がある場合(笑)。仕事ではしっかりしているキャリアウーマンが“プライベートでは甘えさせてよ”ってなったら(その欲望は、悪い欲望では全然ないと思いますが)満たせるのは彼女と同等以上の収入がある落ち着いた既婚者かハイスペの遊び人か、彼女のほうがお金を使う側にまわってホストに入れ上げるしかなくなる。この構造は、女性側の問題ではない気がしますね」
──著書『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』の文庫版は2014年に出版されており、そこでも「心の穴」という表現が使われていますが、これを書かれたころと現代では、二村さんの恋愛に対する考え方などは変わりましたか?
「今だったら、(当時は主流ではなかった)出会い系アプリやSNSなしには恋愛を語れないから、そういう古くなった部分は書き直したいです。それと、社会全体に被害者意識と承認欲求が広がりすぎて女性たちも翻弄されています。“毒親”という言葉もすっかり一般的になりましたが、ごく普通の家庭で育てられても、自分と他人を比べてしまうといった心の穴があくこともあります」
──悩ましいのですが心の穴を抱える女性は、どのタイミングで結婚すれば幸せになれると思いますか?
「タイミングなんて計らないで、縁があったら結婚してみて、おたがいの欲望がうまく噛みあうのか確かめて、ダメだったらバンバン離婚するのが本来ならいいと思うんですけどね。日本の制度や習俗だと、まだまだ離婚のダメージが大きく、傷つくことを恐れる女性も海外より多い印象です。男が持ってる処女信仰みたいなものを女性が内面化しちゃってるのかもしれないです」
──女性の場合は、結婚して姓が変わるなど、はた目から見ても変化が大きいことも結婚しづらい原因かもしれません……。
「僕は、“女性がもっと自由な世の中になってくれれば、男性も生きやすくなるのに”ってずっと言っているんですよ。でも今は社会のシステムが悪いから、世の中に少しずつ変わっていってほしいと思っている。女性の平均賃金は男性と同等になったほうがいいし、選択的夫婦別姓のほうがいいに決まってます。今のままの婚姻制度だと、女性のほうが面倒くさいことが多いですよ。
それと男性の場合は、たとえば“いろいろな女を抱きたい”という欲望(これも本質的な欲望じゃなく、男性社会にそう思いこまされている可能性もあります)と、“仕事で出世しなければならない”という信念があまり矛盾をきたしませんでした。でも現代の女性でいうと、良妻賢母の思想もそうですが、“こうしたい”という欲望と、“こうあらねばならない”という信念がずれてしまうことが多い。”男は“浮気をしても甲斐性”って言われるけれど、女性は責められがちですもんね。これも“女性の心の穴”の問題というより、”社会の決まりごと”の問題です」
──では女性たちはどのような心構えでいれば、自由に生きられるのでしょうか。
「いろいろと傷つくこと、うんざりすることが多い世の中ですが、自責をしないで“自分は被害を受けたのだ”と自覚して主体的に生きることと、自分が“いつまでも被害者である”という立場を捨てることは、矛盾しないというか、時間をかけて両立させていくことができると思うんです。(ぜひ、臨床心理カウンセラーの信田さよ子さんが書いた『家族と国家は共謀する サバイバルからレジスタンスへ』という本を読んでみてください)。
女性が恋愛やセックスや結婚を楽しんで生きていくためには、理不尽な支配や暴力や搾取がなくならないといけないし、そのためにも性教育は重要です。性病や望まない妊娠を避けるための“衛生の性教育”も必須ですが、それだけでは足りない。
自分と相手の欲望を理解できるようになるための“欲望の性教育”と、自分と相手の存在を尊重できるようになるための“人権の性教育”が、日本では十分に行われていないですよね。女性たちには自分の欲望と自分の人権について、いろいろ考えたり恋人と話したりしてほしい」
──二村さんが話していた「エロくて賢い女性」(※インタビュー第1弾参照)になれれば、女性たちも心の穴を抱えなくてすむようになるのですね。
「女性も男性も、自分より弱いものから搾取したり虐待をしたりしないように注意はしながら、もっと自分の欲望に素直になっていいんですよ。ただし、そのためには“この相手はヤバい”って悟ったら、すぐ無事に逃げられる体制と環境でないとね。それには“賢さ”が必要です」
二村さんが一貫して提唱しているのは、女性の地位の向上。彼が女性の言動を鋭く分析し考察できるのは、インタビュー第1弾で語られたように、母親や周囲の女性から溺愛されたという生まれ育った環境と、AV業界に身を置き、さまざまな女性と関わり続けてきたからかもしれません。男女がお互いを尊重できるリベラルなフェミニズム論の中に、女性が楽に賢く生きていくヒントが詰まっています。
(取材・文/池守りぜね)
【参考図書:『家族と国家は共謀する サバイバルからレジスタンスへ』(信田さよこ著/KADOKAWA刊)】
【PROFILE】
二村ヒトシ(にむら・ひとし) ◎1964年、六本木生まれ。慶應義塾幼稚舎卒、慶應義塾大学文学部中退。AV男優を経て、'97年からAV監督。現在では定番になっているエロの演出を数多く創案した。著書に『すべてはモテるためである』 『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(いずれもイースト・プレス)、共著に『オトコのカラダはキモチいい』(ダ・ヴィンチブックス)、『どうすれば愛しあえるの ──幸せな性愛のヒント──』(KKベストセラーズ)、『欲望会議』(角川ソフィア文庫)など。
本人Twitter→@nimurahitoshi