役の中に素の自分だけは見えないように
──甲本さんが演じられると、どの役もその人物が実在するように感じて、つい感情移入してしまうのですが?
「ハハハ。役になりきるってよく言いますけど、僕はいつも“役になんかなりきれない”とずっと思い続けています。役の中に入り込むとか絶対に無理だって、いつもそこと戦ってますね。ただ、役の中に素の自分が見えないようにしないといかん、ということだけは考えています」
──そうなんですね。今作で共演される浜中文一さんについては、どんな印象をお持ちですか?
「とてもすてきですよ。彼自身の魂がフラットなので、話しやすいし、すごくやりやすいです。だからこそ、あえて仲よしになろうとしないようにしているというか。仲よくなろうと思うと、えてしてそうなれないことがあるので。だから成り行きにまかせればいいかなと。きっと『テーバスランド』がつなげてくれると思います」
──浜中さんとの二人芝居で、楽しみにされていることは?
「正直に言うと、稽古ではまだ楽しめていないですね。たぶん、ここに浜中くんがいたら、同じことを言ってるんじゃないですかね。もう本当にいま自分自身が精いっぱいで、余裕の余の字もないというか。ただ本番までには、気がついたら二人がなんか近くにいたなってなればいいかなと(笑)」
──稽古中は、楽しむよりも苦しんでいるということなんですね?
「そうですね。それが当たり前なんですけど。苦しむというか、仕事を受けるということは、ある種の地獄に自分からあえて飛び込んで行くっていうことで。それをさせてもらえることが幸せというか。日頃は何もないので。“僕は役者です”と言っても、演じる場を与えてもらえなければ何者でもないので。だから、とても大好きなものの中に入れてもらって、そこでラクしてどうするの?っていうこと(笑)。きっとラクじゃないから、楽しくなるんですよね」
20代から早く50歳になりたかった
──50歳を過ぎてから、考え方などご自身の中で変化したことはありましたか?
「あえて言うなら、まったく変わらなかったです。20歳のときと変わっていないんだったら、もう50歳って思う必要ないじゃないかと。だから、“これからの人生どうしようかな”とか思う必要もなくて。20歳のときと50歳でそれほど変わっていないなって、自分で思っているのに、“何で心配するの?”って。別に年齢はそうだけど、これから何があるのかわからないしワクワクしてたいな、っていうことだけですね。”僕、いま56歳ですけど、何か?“っていう感じ。でもドキドキしているし、時々ものすごく疲れるけど、ちょっと違うとしたら20歳のときより足がだるくなったかな~とか、腰が痛いな~とかぐらいですよ。例えば10歳のときにできなかったことを、50歳でやったっていい。だって大人なら許されるんだから。”50だぜ、できるよ“って。もう希望しかないっていうか」
──希望しかないって、同世代として励まされます。
「いやいや(笑)。そう思うと、やりたいことをできるスペースが、“50代からもっと広がるんじゃないの?”って思うんですよね。僕は、30歳になる頃に“早く50になりたいな”と思ったんです。成人して大人なのに“大人ってなんだろう?”って思いがあって、50代の人がすごく大人に見えたんです。だから憧れたんですよね。芝居をすることでも同じで。台詞で“君”っていう言葉を20代で使うのは、すごく戸惑いがあったんですよね。でも、50代なら気負いもなく使える。50歳を過ぎたら、人間が使う言葉の全部を言えるんじゃないのって。だから、50代からの人生は希望しかないんですね(笑)」
──50代から先の人生は楽しくてしょうがない?
「そうですね。だって、不安というのは、年齢に関係なくずっと不安なんだな、とかわかってくるじゃないですか。だったら、その不安になることに、不安にならないようにしようって思えたのは、僕は50歳を過ぎてからだと思うんです。不安とのつき合い方の要領がわかってきて、そのとき不安に思ったことだけを不安に思えばいいと思えたり。より生きやすくなっている」