カウンターの左端の席から見ていた景色

 そのタナカくんのうれしそうな表情を見ながら食事ができるのが、ボクにとっては最高のゴチソウだった。

 向かい合って座ると互いの顔が正面にある。どんなに好き合っていても、見つめ合うのは照れくさい。横に並ぶと見つめ合わなくてすむのです。それに同じ景色を一緒に見ているという一体感が、ふたりの気持ちを親密にする。

ごきげんなご主人の料理と、朗らかな奥さんのサービスでお腹も心も大満足

 しかもカウンターの真ん中で作業をしているナカムラシェフを左端から見ようとすると、必ず視野のどこかに右側に座っているタナカくんがいてくれる。だからこの店ではボクは必ず左側。食べていたのもタナカくんが好きな料理ばかりでした。ボクはもともと内臓モノが好きでなく、けれどタナカくんはモツやトリッパが大好きで、ここで食べてるうちにボクも好きな素材になったほど。

タナカくんの好物だった、白いんげんとトリッパの煮込み

 マッシュルームをたっぷり使ったサラダがあって、シェフがそれを作りはじめると、「食べたいんでしょう」ってタナカくんは必ず聞く。ボクはフレッシュマッシュルームが大好きで、でもタナカくんはキノコが苦手。だから「今日はマッシュルームの気持ちじゃないんだ」って、ずっと食べずにいたのです。

あれから2年たっても足を向けられずに

 大学の同級生と一緒にきたとき、はじめてそれを食べておいしいことにびっくりしたけど、タナカくんがいないことのほうが気になって、さみしくなったことがある。

 考えてみればオステリアナカムラに、タナカくん抜きで訪れたのはその日以外になくってつまり、オステリアナカムラに行くということは、タナカくんのよろこぶ顔を見に行くことであったわけ。

 だから今でも行けません。

 彼が逝ったときにお花を頂戴したり、ことあるごとに気遣っていただいているのだけれど、行っていつもの料理を食べたら泣いちゃうだろうなぁ……、と思って、2年たった今でも行けない。

 ごめんなさいネ……、ってメールをしたら、

〈サカキさんがひとりで食べてるところをみたら泣いてしまうから、まだ来ちゃだめよって、うちのかみさんも言ってます〉

 そんな返事をもらったから、まだしばらく行かずにいます。

タナカくんが逝って以来、お店には足を向けられないでいる