荒波にもまれたとしても、映画を観る人を信用したい

 そんな宮田さんは、今の映画業界についてどう思っているのでしょうか。

確かにシネコンで公開するハリウッドの超大作にはお客さんが入るけど、低予算のアーティスティックな作品には関心が向かない。若い人は特にそうですが、年配のお客さんもコロナ感染を恐れて劇場に足を運ばなくなってしまい、絶滅危惧種のようになっている」

 ミニシアター向けのインディペンデントのアート作品や、名匠の未公開作品の配給を多く担当してきた宮田さんだけに、作品内容や劇場の規模によって収益に大きな差がついてしまう業界の現状には憂慮している様子。それでも、映画配給という荒波に、ひとりで船を出したのはなぜなのか?

「やっぱり映画は好きだし面白いし、僕自身が映画に教えられたこともたくさんあります。観客を信用して、感性に訴える作品を提供していきたいし、多くの人にいろんな映画をいっぱい観てもらって、記憶の引き出しにしまってほしい。

(配給の仕事は)好きだからこそ、つらいこともあります。数年後にはもしかしたら“ワンダって映画を配給していたクレプスキュールフィルムって会社どこいったの?”と言われているかもしれない。でも、ひとりだからやっていけるというのもありますし、やるしかない」

 配給第2作目は、10月に公開予定の『ノベンバー』。当初は『WANDA/ワンダ』より前に公開する予定だったそうですが、チラシには『NOVEMBER』という英語タイトルしか記載しないという、やはり「観客に想像させる」「感性に訴える」デザインとなっています。

宮田さんが配給する2本目の映画『ノベンバー』(10月29日よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開)のチラシビジュアル

 クレプスキュールフィルムの公式ツイッターのプロフィールにある「小さな映画配給会社」は、『WANDA/ワンダ』への賛美「忘れられた小さな傑作」にちなんでいます。

 社名も「もう日が沈む」とワンダが穏やかにしゃべるシーンから、「黄昏・夕暮れ」を意味するフランス語「クレプスキュール」と付けたという宮田さんは「ダメ人間やピカレスク(=悪者、ならず者)が出てくる映画が好き」なのだとか。

 そういう意味では、生活能力を欠き犯罪に加担するワンダも、ダメ人間に映るかもしれません。ただ彼女からは、「ダメ」のひと言でくくれない魅力や、「ひとりでも生きていく」という静かながらも強い意志が感じられます。

 新型コロナは、本当に多くの人の生活を変えました。宮田さんもコロナがなかったら会社を辞めることも、たったひとりで配給会社を始めることもなかったでしょう。

 同業他社の宣伝の手伝いもしているという宮田さんは、今後も不測の事態に遭遇するかもしれません。それは長く業界に身を置いてきた本人がいちばんわかっているはず。「副業の仕事があればなんでもやりますよ」と語る口調には悲壮感はなく、むしろワンダのような強い意志を感じました。

「社名は『クレプスキュール』でも、気持ちはサンライズ(=日が昇る)」という宮田さんが提供する、これからの新作映画に注目しましょう。

映画『WANDA/ワンダ』場面写真(C)1970 FOUNDATION FOR FILMMAKERS

(取材・文/松平光冬)

■映画『WANDA/ワンダ』
ペンシルベニアの炭鉱町に住むワンダは、自分の居場所を見つけられずにいる主婦。夫に離別され、子どもも職も失い、あり金もすられる。夜の街をさまよい、偶然入ったバーで知り合った傲慢(ごうまん)な男といつの間にか犯罪の共犯者として逃避行を重ねることに……。シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中。

ホームページ:https://wanda.crepuscule-films.com/