この役は「絶対にやりたい」と 

 最新作はまもなく劇場公開される映画『人』(山口龍大朗監督)。幽霊になった青年と残された母の3日間を描くもので、39分間の短編ながら見ごたえのある内容になっている。

──田中さんが演じる母・彩子は亡くなった人の姿を見ることができる体質で、吉村界人さんが演じる息子・健一の幽霊と普通に会話しますよね。ちょっとファンタジー色がありながら、人間とは? 家族とは? みたいなテーマが伝わってくる作品でした。

「最初に脚本をいただいたときに本当に面白くて。絶対この役はやりたいと思って、すぐに OKを出してほしいとマネージャーに言いました。

 違う人には演じてほしくないと、本当に心の底から思いました

映画『人』。39分間の短編の中に涙や笑い、さまざまな感情が凝縮されている

──どのへんが心を揺さぶられるポイントだったんでしょうか?

「説明過多じゃなかったことです。しかも、息子との会話がユーモアにあふれていて、はたから見るとケンカしているみたいな、ちょっと言葉遣いが悪い感じなんですけど、素直に言葉をぶつけ合っているなかに親子ふたりの絆や信頼感みたいなものをすごく感じました

 とても仲いいですよっていう説明とか、泣ける映画ですよとか、笑えますよっていう感じではなくて、ちょっとした会話の端々(はしばし)にクスッとしたものがあったり、親子にしかわからない関係性があったり。すごくバランスがいいなと思って」

──息子に先立たれた母の悲しみというのが大前提としてありながら、彩子さんには普通に幽霊が見えるものだから、死んだことに腹を立てたり、けっこうキツくあたったりもします。演じていても楽しかったのではないでしょうか。

「はい。言葉ですごく付け足されると逆に引いて演じないといけないときがありますが、本当に素直に自分の気持ちのままやっても大丈夫だなって思えるような作品でしたね。説明が少なければ少ないほど自由に動けて、どんどんイメージがわくような。動きの制限がなくなって、ふたりの空気感、親子の空気感みたいなものが作れたなって思います。

 あと、撮影に入る前に “これは楽しくなりそうだな” と思ったのは、衣装合わせのとき。衣装さんが亡くなっている方にピンクの衣装を用意してきたんですね。もう限りなく自由度があって、いい意味でお洒落で、だけどリアリティーがないわけでもないっていう

映画『人』。海辺を舞台に、幽霊になった息子と幽霊が見える母親の不思議な3日間を描く

──映画の一家が暮らす家は、ひなびた海辺のサーフィンショップ。セットに貼ってある家族写真はクランクインする前に撮ったんでしょうか。

「はい。読み合わせだったか衣装合わせのときに、お互い“初めまして”に近いかたちで撮ったんですけど、吉村界人くんがすごく感性がナチュラルな方なので、感想がひとつひとつ面白いんです(笑)。親子3人の写真を撮るのに、私と津田寛治さんは息子だと思っていっぱいさわりまくって、髪の毛とかウワーってやってたんですけど、(界人くんは)“オレ初めて会ったんだけどあり得ない” “そんなんどうやってできるんですか!? ”みたいな感じで(笑)。

 “まだ距離感がつかめない” みたいにおっしゃってましたけど、そういう心の内をそのまま素朴に疑問として出す俳優さんっていらっしゃらないし珍しいので、すごく愛される方だし、みんながクスリと笑ってしまう。その嘘のなさが家族だったり親子の関係を作るうえで、すんなり入れる要素になりました」

──亡くなった人たちとともに生きている彩子さん。でもどこか明るくてあっけらかん。あのへんも田中美里さんの持ち味が生きているなって思います。

「ありがとうございます。今までになくお酒をカパカパ飲み、煙草をスパスパ吸いみたいなシーンもあります。予告編を見たファンの方には “煙草を持ってらっしゃるんですね!? ”なんて言われたりとかもしました(笑)。そんなイメージないんだなぁって思ったりもするんですけど、いちおう役者なので、いろんな役を幅広くやりたいと思っています(笑)」

映画『人』。九十九里にある民泊施設兼サーフショップなどを借りてロケーション

──こういうエッジの立った作品にも出るんだというのも発見でした。

「そうですね。40代になってからは、少しずつひとつひとつ丁寧に。最初は右も左も分からないまま、すぐに『あぐり』という作品から女優人生が始まったので。特に20代のころは、現場でどんどん見られながら学んでいったり、成長したりしなくちゃいけませんでした。

 そういう意味でとても苦しいときもあったんですけど、今は落ち着いてじっくり作品に取り組んでいる実感がありますね

◇   ◇   ◇  

 インタビューの続き(8月24日公開予定)では、あの『冬のソナタ』での吹き替え秘話や所属事務所からの独立など、たっぷり語っていただきます。

(取材・文/川合文哉 撮影/齋藤周造 ヘアメイク/根津しずえ)

《出演情報》
映画『人』
2022年8月26日(金)より池袋HUMAXシネマズほか全国で順次公開。 
出演/吉村界人 田中美里 津田寛治 冨手麻妙 木ノ本嶺浩 五歩一豊
監督/山口龍大朗 脚本/敦賀零

映画『人』公式ウェブサイト https://eigahito.com/
Instagram hito_2022_eiga
Twitter @hito_2022_eiga
Facebook @hito.eiga.2022

 《PROFILE》
田中美里(たなか・みさと) 1977年2月9日生まれ。石川出身。1997年、NHK連続テレビ小説『あぐり』のヒロインに抜擢されデビュー。出演作に映画『みすゞ』『ゴジラVSメガギラス G消滅作戦』『能登の花ヨメ』『もみの家』、ドラマ『WITH LOVE』『一絃の琴』『利家とまつ 〜加賀百万石物語〜』『開拓者たち』『小暮写眞館』など。『冬のソナタ』のチェ・ジウの吹き替えや、ナレーションなどでも活躍している。
個人事務所『アンプレ』 https://www.am-ple.co.jp
田中美里 Instagram  misatotanaka77