『愛の不時着』のラストを知らない理由
声優としては『美しき日々』『天国の階段』『誰にでも秘密がある』など10作品ほどを経験しているが、すべてチェ・ジウが出演したドラマや映画だ。チェ・ジウ本人も田中美里の声を気に入っているのだという。
「私もそれを聞いてうれしかったです。いちどNHKの番組でご一緒したことがあって、私もヒールをはくと背が高いほう(身長165センチ)ですけど、彼女は174センチあるんですね。見上げる女優さんを初めて見ましたが、さっぱりした方ですね。とても素敵な女性です。
本当はもっと吹き替えをやりたいんですけど、やっぱりチェ・ジウさんのイメージが強いんでしょうか。なので、自分としては名前を変えてでもやりたいくらい(笑)。そうしたら声色とかも変えられますし、また無名でやりたいなっていう感じもしています」
それでもナレーションの仕事には定評があるほか、最近もドキュメンタリー番組でマリリン・モンローの声を担当した(NHK BSプレミアム『ダークサイドミステリー マリリン・モンローとハリウッドの闇』)。
また、世界的な大ヒットを記録した『愛の不時着』(日本では2020年2月から配信)にチェ・ジウ本人がゲスト出演した場面でも、吹き替え版の声を担当している。
「久しぶりにやらせていただきましたが、チェ・ジウさんも変わらず素敵でうれしかったです。
『愛の不時着』は第1話しか見ていない状態で台本を渡されて、関係性がよくわからないまま(相手の男性の)“あのニット帽は何なんだろう?”って思いながら収録していました(笑)。
私もぜんぶ見たいんですけど、見始めたら止まらなくなりますよね(笑)。ネトフリとかも見ますけど、どうしても時間がつくれなくて最後までたどり着かないことも。それでも『イカゲーム』はコロナの最中だったのでぜんぶ見られました」
不器用な自分に悩んでいたら……
インタビュー前編でもふれたように、芸能界への道が開けたのは「東宝シンデレラ」のオーディションから。長らく「東宝芸能」に所属していたが35歳のときに独立し、個人事務所の「アンプレ」を拠点に活動している。
「大きな会社に所属させていただいてすごく恵まれていたんですけど、自分がそこまで器用ではなかったので、ひとつひとつの仕事に追われるようになってしまって。そのつど立ち止まって選んだり、立ち止まって悩んだりっていうことがちょっと難しいかなって感じて。
もちろんずっと忙しくしていることが糧(かて)になる方もいらっしゃるでしょうが、私はまず自分の人生を豊かにして、それを糧に役者としての人生にそれが注げればなっていう思いがあったので。そういう意味で、決断したいと思ったのが35歳のときです。15年お世話になって、独立したいと相談してみたら “大丈夫だよ” “頑張りな” って背中を押していただいたんです」
──個人事務所を構えて、ちょうど10年になりますね。
「最初のころは東宝芸能の方からもよくお電話をいただいて、“こういう役があるけど、美里さんやる?”とか声をかけてくださって。本当にみんなに支えて応援してもらいながら、何とかやれている感じです。
役者としてはこれからも、いろんな経験をひとつひとつ重ねていきたいなぁと。以前は人生ってゆるやかに上っていく坂道だと思っていて。なのに、ずっと同じ高さにいる自分はとても不器用で停滞しているんじゃないかっていう思いが強くて、やっぱり向いてないんじゃないかなぁって悩んだ時期もありました。そういう悩みをNHKの『一絃の琴』でお世話になった大森青児監督という方に相談したら、“人生は階段だから大丈夫”って言っていただいて」
──階段ですか。
「同じ高さで止まっているって思ってても、もがいていればボコッて1段上がるよと。そこからまた坂道みたいにずっと上がるんじゃなくて、また停滞していると感じることが続いていても、諦めないでもがいていればまた1段ボコッと上がる。
その上がるまでが苦しいんだけれども、自分だけじゃなく、みんなそれぞれ違う形の階段がいっぱいある。そういうことなんだなって気づいてからは変に焦らなくなったし、止まってるように見えるときでも、“じゃあ止まっている間、何しようかな”って思えるようになりました」
──考え方ひとつで、見え方も大きく変わるんですね。
「私は本当に不器用で、ほかの人がヒョイと乗り越えられちゃうところをできなかったりするんですけど、比較することもあまりなくなりました。この人ができるのに、どうして私はできないんだろうっていう悩みみたいなものからようやく解放されて」
──今年でデビューから25年。ここまでの歩みをどう感じていますか?
「あっという間でした。実は若いころはあまり女優になってよかったなって素直に思えなかったんですけど、今はすごく感謝しています。『一絃の琴』の苗(主人公)も『あぐり』もそうなんですけど、与えられた役と出会って一生懸命演じることによって、女性というか人間を学んでいる感じがするんですよ。
いろんな女性の生きざまを自分の経験として取り入れられますし、いつか亡くなるまでには “こういう女性に近づきたいなぁ”っていうか。憧れる要素がそれぞれの役に入っているので、そういう意味では自分自身と向き合う時間でもあるのかなぁって。それはこの職業だったから経験できたこと。役と向き合うことが、ぜんぶ自分につながっている気がします。足りないものを、自分にまだまだだなぁってものを補ってもらう感覚でいます」
(取材・文/川合文哉 撮影/齋藤周造 ヘアメイク/根津しずえ)
《出演情報》
映画『人』
2022年8月26日(金)より池袋HUMAXシネマズほか全国で順次公開。
出演/吉村界人 田中美里 津田寛治 冨手麻妙 木ノ本嶺浩 五歩一豊
監督/山口龍大朗 脚本/敦賀零
Instagram hito_2022_eiga
Twitter @hito_2022_eiga
Facebook @hito.eiga.2022
《PROFILE》
田中美里(たなか・みさと) 1977年2月9日生まれ。石川出身。1997年、NHK連続テレビ小説『あぐり』のヒロインに抜擢されデビュー。出演作に映画『みすゞ』『ゴジラVSメガギラス G消滅作戦』『能登の花ヨメ』『もみの家』、ドラマ『WITH LOVE』『一絃の琴』『利家とまつ 〜加賀百万石物語〜』『開拓者たち』『小暮写眞館』など。『冬のソナタ』のチェ・ジウの吹き替えや、ナレーションなどでも活躍している。
個人事務所『アンプレ』 https://www.am-ple.co.jp
田中美里 Instagram misatotanaka77