ベテラン声優を憂鬱な気分にさせる、あのハリウッド俳優

──ジェイソン・ステイサムの吹き替えはそれほど大変じゃないと言われてましたが、ヒュー・ジャックマンはどうですか?

「あまり難しくないですね。声質はだいぶ違う気がしますけど、ぼくにはほとんど違和感がありません。ただ、呼吸の仕方とか、センテンスを区切るタイミングについては、ジャックマンは自由自在なところがあるんですよ。“え、ここでブレスが入るのか”みたいなね。ジェイソン・ステイサムは、息継ぎのコツをつかむのも意外と簡単でしたが、ヒュー・ジャックマンの場合はあまり気にしても仕方がないと割り切っています

──俳優独特の間みたいなものは、実際に吹き替えを担当してみないとわからないものなんですね。やっぱり大変なお仕事ですね。

「大変さで言うと、ジェイソン・ステイサムやヒュー・ジャックマンより、ケビン・ベーコンをやっているときが一番つらいんですよ。実際の声は、ものすごく低音で、それでいて響くんです。ぼくの声とはぜんぜん違うし、残念ながらぼくにはそういう声が出せない。だから、“いや、自分の声でいいんだ”と言い聞かせながら吹き替えているつもりなんですが、気がつくと低く低くなっていく。収録が終わると、喉がものすごくつらくなっているんです。ベーコンの吹き替えの仕事が入ると、一瞬だけ憂鬱(ゆううつ)になりますね(笑)」

山路和弘さん 撮影/山田智絵

大物俳優より、無名の俳優を吹き替えるほうがプレッシャー

──ハリウッドの大物俳優を何人も吹き替えておられますが、プレッシャーを感じることは?

「あまりないです。それよりも、たとえば名前も知らなかったようなイギリスの舞台役者の吹き替えをやるときなど、“あ、この役者はいいな”と思うようなことがあるんです。そういうときのほうがプレッシャーを感じるんですよね。BBC(英国放送協会)のドラマには、そういう役者が結構います。

 ハリウッド俳優は、“大物なんだから、いまさらジタバタしてもしょうがない”という感じで行けるんですけど、知らないところにすごくいい役者がいて、これからブレイクしそうな予感がすると、つい張り合ってしまうんでしょうね。“負けてなるものか”となってしまいます

──山路さんがおやりになる前にヒュー・ジャックマンの吹き替えをしていた声優さんもおられますが、以前のバージョンをチェックしたりするんですか?

「ぼくは絶対に見ないです。見ると影響されてしまうことがあるんですよ。ぼくが初めて洋画の仕事をしたときは、“そんなに役を作らないでくれ”と言われました。ジェイソン・ステイサムにしろ、ヒュー・ジャックマンにしろ、演技はもう彼らがやっているから、こちらは淡々と台詞(せりふ)を合わせてくれと言われたんですね。

 イメージを作り過ぎると、実際の収録のときにすごくズレていくんですよ。他の声優がやった吹き替えを見てしまうと、気づかないうちに、その声優の吹き替えに引きずられてしまうんです。だから、ぼくは見ないようにしています