クリント・イーストウッドを山田康雄さんから引き継いだとき
「困るのは、古い作品をリメイクするようなときです。舞台をやっていた頃は自分が声優をやる日が来るなんて思ってもいませんから、何も身構えずに映画を楽しみますよね。ところが、むかし見た映画がリメイクされることになって、その吹き替えをぼくがやることになったとき、ときおり当時の吹き替えを覚えていることがあるんですよ。そうなったらどうしようもありません」
──『ゴッドファーザー』のアル・パチーノの吹き替えを新たに担当したときですか?
「いや、あのときは野沢(※2)さんが声を当てたものは見ていませんでした」
(※2)野沢那智(のざわ・なち):声優、ラジオパーソナリティー。俳優ではアラン・ドロン、ロバート・レッドフォード、ジュリアーノ・ジェンマ、アニメでは『エースをねらえ!』の宗方仁コーチなど、“二枚目俳優”の吹き替えで知られる声優界の大重鎮(2010年没)。
「古い吹き替え版をはっきり覚えていて“困ったな”と思ったのは、山田(康雄)さんや納谷(悟朗)さんです。説明するまでもないですよね、“ルパン三世”と“銭形警部”をやってらした声優です。お二人とももうお亡くなりになりましたが、本当に偉大な大先輩です。
とにかく個性が強く、イメージが固定されてしまっているから、彼らの吹き替えを引き継いだときは本当に困りました。無理やり自分流に変えるのは気持ちが悪いし、旧作に合わせるのも不自然だし、“どうしたらいいんだ!”というジレンマに陥りました」
──演技のクオリティに影響が出るほどですか?
「出ます、出ます。山田さんが演じた『夕日のガンマン』のクリント・イーストウッドの声を新たに入れ直したときがそうでした。“クリント・イーストウッドと言えば山田康雄”というイメージが定着していたので、あのときは本当に悩みに悩み抜きました」
──初めての吹き替えの仕事では“そんなに役を作らないでくれ”と言われたとのことですが、実際のところはどうなんですか。役に深く入り込むのも良しとしないものなのでしょうか?
「流れの中で、どうしても入り込んでしまうときはありますよ。『グラディエーター』のラッセル・クロウを担当したときがそうでした。ストーリーもそうだったし、彼の役柄も、ものすごく重たいところがありましたから」
──くしくも名前が挙がりましたので、次回はラッセル・クロウの話をメインに語っていただこうと思います。
『X-MEN』が始まったときは青年でも、シリーズが20年も続けばヒュー・ジャックマンも中年の域にさしかかってきます。そういった年齢的な変化にも共感できるのは、長らく吹き替えを担当した山路さんならではの思い入れがあるからかもしれません。百戦錬磨の山路さんでも、大ベテランの吹き替えを引き継いだときは悩みに悩み抜いたり、憂鬱になるくらい吹き替えに苦労する俳優がいるというエピソードは面白いですね。
次回は、『グラディエーター』や『ロビン・フッド』ほか、多彩な役を演じているラッセル・クロウの吹き替えについてお話を伺います。
◎第3回:山路和弘さん#3「ラッセル・クロウのアクションは、ナタでバッサバッサと殴り倒す感じかな」(9月30日19時公開予定)
(取材・文/キビタキビオ)
《PROFILE》
山路和弘(やまじ・かずひろ) 1954年、三重県生まれ。1979年に劇団青年座に入団後、舞台を中心にドラマ、映画で活躍。声優としても洋画の吹き替えを中心に多数の役を担当している。歌唱力にも定評があり、2011年に出演したミュージカル『宝塚BOYS』『アンナ・カレーニナ』で第36回菊田一夫演劇賞(演劇賞)を、2018年には第59回毎日芸術賞を受賞。近年はアニメーションの出演も多く、『進撃の巨人』『ONE PIECE』『SPY×FAMILY』などの人気作品にも出演。現在、放送中のNHK連続テレビ小説『ちむどんどん』では、前田善一役で出演している。