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文筆業のほか、宗派を超えた僧侶らが集まって作ったフリーペーパーの編集長も務めるなど、マルチに活躍する僧侶界の新星・稲田ズイキ氏。彼がJ-POPや漫画、アニメ、映画などのカルチャーに潜む「野生のブッダ」(=仏教を経由せず無意識で仏教の悟りの境地に達しているもの)を発見していく不定期連載コラムです。

稲田ズイキ「こんにちはブッダ」

「クソ喰らえ」と「愛してる」は同じ意味──星野源『Same Thing』の支離滅裂な歌詞に潜む仏教の概念

SNSでの感想
イラスト/ナカムラミサキ
目次
  • 過去に刻まれた傷が、現在を走る瞬間
  • なぜ「クソ喰らえ」と「愛してる」が同じ意味なのか?
  • 星野源が歌う、たった一つのもの
  • 星野源は不二の法門に入っている

過去に刻まれた傷が、現在を走る瞬間

ー斬られていることに気づいていないー

 あの現象に憧れる。いわゆる伝説の剣豪が浪人を斬り捨てるときのお決まりのシーンである。

 剣豪の抜刀は速い。速すぎて逆に静かなのだ。一見すると、何も起こっていない。

「なんだ、伝説の剣豪ってのはぁ、噂だけかぁ?」

 これが浪人の最期の言葉となる。突如、ザシュ! と傷がひらき、次の瞬間には浪人の身体が地面に転がっているわけである。

 かっこいい。ずるい。私もどうせいつか死ぬのなら、時間差斬りされて散っていきたい。

 こうして頭のなかで何度も石川五ェ門に斬られる日々を送っているわけなのだが、世の中には「あとになって斬られていたことに気づく」という現象があるのではないかと思えてきた。

 たとえば、なにか音楽を聴いていると、このような経験がある。

「はじめは聴き流してたんやけど、今思ったらこれ、えぐない?」

 そう、あのとき、私たちは斬られていたのだ。斬られたことに気づかず、数年後にその作品のすごさを痛感する瞬間。過去に刻まれた傷が、現在を走る瞬間である。

 本当にすごい作品に出会ったとき、私たちは斬られたことに気づいていない。“遅れてやってくるすごさ”というものがあるのだ。「スルメ曲」や「中毒曲」などでは語れない、「五ェ門曲」というジャンルがある気さえしてくる。五ェ。

 何気なく私の前を通り過ぎていったたくさんの作品たち。もしかしたら、あれもこれも、伝説の剣豪だったんじゃないだろうか。彼らの姿が急に勇ましく思えてくる。

 ふとしたときに、ザシュッ! と傷がひらかないだろうか。剣豪たちは髪を切った恋人のように、心のなかで「もう、斬ったことくらい気づいてよぉ」としょげているのかもしれない。剣豪のほんの小さな抜刀にも気づける自分でいたい。それが斬られ役の浪人としての務めなのだと私は思う。

 幸いにも私は先日、傷がひらいた。そりゃもう、ザシュ! と盛大に、血が舞った。私の大剣豪は、星野源の『Same Thing (feat. Superorganism)』だった。そして、例にも漏れず、大剣豪は僧侶である私の目から見ると、ブッダに近しい姿をしていたのだ。

★『Same Thing (feat. Superorganism)』の歌詞は、公式サイトに和訳とともに掲載されているので、読んでみてください。

★この連載ではこれまで『ばらばら』と『Crazy Crazy』を題材に、星野源を「野生のブッダ」として読み解いています。詳しくは第1回第2回の連載記事をご覧ください

なぜ「クソ喰らえ」と「愛してる」が同じ意味なのか?

星野源『Same Thing (feat. Superorganism)』

「すでに斬られていた」

 そう思えたのは、この曲の爽やかな耳心地と、英語の歌詞が影響しているように思える。水を飲み込むサンプリング音のせいだろうか、喉越しがいい。構成もコード進行も、星野源の音楽としては珍しく、一度聴いただけで歌えてしまうくらい、シンプルなように聴こえる。

 だから私は、歌詞も知らないまま、聞こえたまんまの響きでよくこの曲を口ずさんでいたのだ。もうすでに斬られている、なんてつゆほどもも知らず。

 ある日、ふと歌詞の和訳(日本語詞作:星野源)を調べた日のことである。

《僕の中では 酷い雨の日も暖かい晴れの日も
クソ喰らえと愛してるが同じ意味になる
最悪の神も 優しい天使も
いつの日も側にある
狂ってる
言ってる意味わかる?》

《「楽しそう」って思うのも
「最悪だ」って落ち込むのも
どっちも同じことなんだ》

《みんなに言いたいんだ
Fuck youって
ずっと思ってたんだよ
心から愛を込めて》

 ザシュッ! バタッ。ドサッ。

 わからなかった。一体どういうことなのだ、星野源。支離滅裂じゃないか。

「雨の日」と「晴れの日」、「楽しそうと思うこと」と「最悪だと落ち込むこと」、「クソ喰らえ」と「愛してる」、「最悪の神」と「優しい天使」、「Fuck you」と「愛」とが、あたかも“同じもの”として対比されている。

 自分の平凡な感性からしたら、この歌詞の言う通り「狂ってる」としか言いようがない。この曲、ポカリスエットみたいな爽やかな見た目をしているのに、中身はガンジス川の水かってくらいカオスなのだ。

 相反するなにかとなにかを「同じ」と捉える『Same Thing』の境地。個人的に、この『Same Thing』は星野源史上、最も遠いところへ投げられた作品のように感じた。

 さらに、「言ってる意味わかる?」と歌詞にあるように、星野源自身もこれが伝わらないことを自覚しているのも面白い。歌われているのは、もしかしたら本人すらもつかみかねているなにか、なのかもしれない。意識の遠い遠い先にある、かすかな手触りのようななにか。

 しかし同時に、語弊を恐れずにいうと、“わかる”気もするのだ。意味や言葉の矛盾を越え、音楽を通して、私たちの耳にその“なにか”が伝わってくる。というのは、そのなにかとは、これまで星野源が歌ってきたものと、地続きの地平にある気がしたからだ。

「クソ喰らえと愛してるが同じ意味になる」そんな星野源の立つ場所に、私は少しでも近づきたい。その橋の掛け方は人によって違うことを大前提に、ここで私なりに星野源の言葉観なるものを考えてみたいと思う。

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