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ビューティ

君島十和子さん、日焼け・乾燥・厚塗りメイクが原因で「肌が汚い」と叱られ続けた日々をバネに“美肌の道”へ

SNSでの感想
君島十和子さん。華やかな笑顔を見せてくれると、場が一気に明るくなった 撮影/吉岡竜紀
目次
  • 無防備に紫外線に肌をさらしていたキャンギャル時代
  • 他人に似合うメイクが自分にも似合うとは限らない
  • 夫の仕事つながりで美容や化粧品のアドバイスをするように

 奇跡の50代ともいわれる美肌とスタイルの持ち主にして、コスメブランド『FTC(フェリーチェトワココスメ)』のクリエイティブディレクターでもある君島十和子さん。最近はYouTubeやInstagramで“十和子流”のスキンケアやメイク術を精力的に発信するなど、文字どおりの“素顔”を披露。美のカリスマとして、多くの女性に支持されています。

 そんな君島さんですが、20代前半にモデルや女優として活動していたころは、納得できる化粧品に出合えず、いつも肌の悩みを抱えていたそう。結婚後、本当に自分が使いたいと思えるコスメを製造・販売するスキンケアブランドを立ち上げ、エイジングケアの製品開発に日々、勤しんでいます。

 君島さんが美肌を追求するようになった意外な原点を明かすインタビュー第1弾です!

◇   ◇   ◇

無防備に紫外線に肌をさらしていたキャンギャル時代

 芸能界で仕事をするようになったきっかけは、JALのキャンペンガールに選ばれたことでした。

 それまでの元気で健康的なイメージからコンセプトを変えて、髪が長く大人っぽいタイプが求められていたらしく、思いがけず私が起用されたんです。芸能事務所から送り込まれた女性たちが応募者のほとんどを占める中、「ショールームの案内係のようなものかな」とアルバイト気分で参加していた素人っぽさが、目立っていたのかもしれません。

 当時は大学進学を控えていたのですが、あれよあれよという間に仕事が決まり、モデルとして活動することになりました。スケジュールがすでにびっしり埋まっていて、考える間もなく仕事にまい進していった感じでした。

 ’80年代前半といえば、小麦色の肌がオシャレな時代。私も沖縄ロケでは日差しをたっぷり浴び、時間があるときはせっせと日焼けサロンに通っていました。日焼け止めを使う概念などありませんし、紫外線が肌にダメージを与えることを誰も知りませんでした。そのほうが風邪をひきにくい、健康にいいとすら言われていたんですよね。

 こうして紫外線に晒(さら)された肌が、やがて仕事に支障をきたすことになりました。JALの契約が終了し、雑誌モデルなどを始めたのですが、日焼けあとのくすみ、そばかす、シミがみるみる広がっていきました。日焼け肌が治っても、毛穴の開きと小じわが際立っています。とても20代前半の肌とは思えないくらい。

 これはまずい、と口コミを頼りにいろいろ肌に塗り込んでいるうちに、修復するどころか吹き出物、ニキビ、湿疹だらけの顔になってしまったんです。今のようにネットで調べる術もなく、まさに悪循環。芸能界の仕事をしているのに人前で顔を出すのが苦痛でコンプレックスは増していき、どの現場でも肌が汚いと叱(しか)られる。それまでセールスポイントだった日焼け肌が逆にネックになり、とうとう仕事がなくなってしまいました。

 そこで、こうなった原因を見つけるために自分の肌と真剣に向き合ってみたんです。もしかしたら紫外線を浴びたせいかも、と思い当たり肌を触ってみると、日焼けする前よりもずっと乾燥してバリバリの状態。そのころ仕事に行くときには、日焼け肌を隠そうと厚塗りのメイクをしていました。

 日焼け、乾燥、メイクの厚塗り。この3つが原因だと気づき、ひとつずつ取り除いていく作業を始めたのです。

 まず基本は、日に当たらないようにすること。そしてメイクをしっかり落として肌を清潔に保つこと。そのあと、しっかり保湿をすること。

 それを数年間、丁寧に繰り返していったところ、撮影に行くと「肌がきれいですね」と言っていただけるようになったんです。超マイナスからのスタートなので、何気ないそのひと言に、“やっと合格点をいただけた”と天にも昇るような気持ちになりました。

「目鼻立ちの美しさより、肌の美しさが何にも代えがたい」という価値観が、金づちで頭を殴られるほどの衝撃で、自分の中に打ち込まれたのです。

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