建築業界にはいくつもの法律と審査があり、ちょっとしたミスでも免許を取り上げられたり、業務を停止させられたりする厳しい世界です。インテリアコーディネーターの資格を取得した山崎里沙さんのインタビュー。最終回(全3回)では、そんな厳しい業界での“やりがい”をお聞きします。
◎第2回:【インテリアコーディネーター#2】わたしの仕事は、クライアントが“どんな生き方をしたいか”を形にすること
お気に入りだけをきれいに並べても、おしゃれな空間にはならない
──クライアントの中にはむちゃな要求をしたり、かなりわがままを言ってくる人もいるのでは?
「できないことはできないと申し上げますが、できうる限りご要望に沿うようにしたいと思っています。ただ、洋服の着こなしとか色のコーデにはものすごくセンスがあるのに、インテリアの置き方や部屋のまとめ方が今ひとつという方は結構おられるんですよ」
──ファッションセンスはあるのに、部屋のコーディネートはうまくないということですよね? それは何か理由でもあるんですか?
「ありがちな理由なんですが、インテリアの場合、どんなにセンスがある人でも、好きなものを詰め込もうとする傾向があるんです。趣味のコレクションなどは特にそうなんですが、全部見えるようにディスプレーしてしまいがちなんです。そうするとかえってごちゃごちゃして、渋滞が起きてしまうんですよ」
──ブランド物のバッグやアクセサリー、趣味で集めているスニーカーなどを所狭しと並べている人っていますよね。たしかにごちゃごちゃして渋滞しているように見えます。でも、そういうときはどうやって解消するんですか?
「ものを減らします(笑)。メインになるもの、これだけは飾っておきたいものだけを残して、他は収納するか、違う部屋に置くようにするのがベストです。どうしても全部並べたい、全部飾りたいという場合は、ショーケースで区切るという手もあるんですが、あまりお勧めはできないんですよね」
──実際のお仕事で、クライアントが“どうしてもこれだけは譲れない”と言ってきて、苦労された経験もありますか?
「そうですね……、苦労と言えば苦労ですが、京都で築40年以上になる平屋の室内をデザインしたときはかなり悩みました。その方は大阪のマンションに住んでおられたのですが、そこを全部引き払って京都の郊外で田舎暮らしを始められた方でした。
近くにコンビニもなければ喫茶店もないようなところですが、自然に囲まれていて、田舎暮らしを満喫するには最適な場所でした。そういう環境なので、築40年の古い平屋のままでいいけど、ダイニングルームにはカウンターをしつらえて、なじみのバーにいるようなモダンなデザインにしてほしいというご要望でした。
それともう1つ、古い平屋なので、天井には梁(はり)が組まれているのですが、この天井裏に隠れている梁をむき出しにして“ヴィンテージ感”も出してほしいと。モダンとヴィンテージを融合してほしいというリクエストだったんですが、これに大工さんが大反対したんです」
──モダンとヴィンテージって、面白い面白い組み合わせだと思いますが?
「“この梁は見せるために作られた梁じゃないからダメだ、職人としてそんなことはできない”って、何度説得しても首を縦に振ってくれないんですよね。職人さんがダメと言ったら、たいがいダメなんです。それでクライアントに“大工さんがダメだと言ってますけど”と伝えると、“そこを何とか”と言ってクライアントも譲らない」
──板挟みですね。それで、どうやって解決されたんですか?
「どちらかが妥協しなければならないような現場にしたくなかったので、かなり悩んだんですが、メインになる梁だけを残して、天井が斜めになるように設計し直したんです。そうすると、他の梁をうまく隠せるんです。クライアントと大工さんの両方に納得してもらうには、それしか方法がなかったと思います」
“うっかり”が取り返しのつかないミスにつながることも
──建築士の資格もお持ちになっているから、天井を斜めにするようなデザインができた?
「そうですね。家を新築したり大がかりな改修をするような場合、何枚もの書類を申請する必要があるだけでなく、その審査自体がものすごく厳しいんです。ベースになる建築基準法だけで107条もあるし、基準法を補足する“施行令”が150条あって、さらに“都市計画法”や民法など、いくつもの法律や条令をすべてクリアしなければなりません。
こうした法律を知らずに“違反建築”をデザインしてしまうと、最悪の場合は免許取り消しになるし、そんなことになればクライアントにたいへんな迷惑をかけることになります。つい“うっかり”で取り返しのつかないことになりかねないんですよ。建築業界は法律も厳しければ審査も厳しい世界なので、細心の注意が必要なんです。
京都の平屋の場合は、建築基準法には直接関係はなかったのですが、古い建物なので耐震性を強化しながら室内のデザインもするというプロジェクトでした。既存の柱や壁の強度を補強しつつ、空間を広くするために部屋を取り払ったり、窓を大きくして日射しをたっぷり取り入れるようにするなど、建築士の知識を存分に生かせた案件だったと思っています」
──インテリアコーディネーターと建築士の両方の資格を持っている人は結構いるんですか?
「それなりにおられますが、わたしの周りでは、4人に1人……、5人に1人くらいかもしれません。建物の設計ができて、なおかつ室内のコーディネートもできるって、強みになるんですよ。京都の平屋みたいに、室内装飾を手がけたケースでも、建物の構造面も考慮しながら室内の設計に手を入れることもできるし、逆に設計をしている段階から壁の色や室内コーディネートを考えることもできるからです。
わたしはいま二級建築士ですけど、この秋、一級建築士の資格にも挑戦する予定です。二級だと設計できる建物に制限があるんですが、一級にはその制限がないので、資格を取ればどんな建物でも設計できるようになります。そうなると仕事の幅も一気に広がるんですよ」
インテリアコーディネーターはアーティストではない
──山崎さんはチャレンジ精神が旺盛な方とお見受けしましたが、挑戦してみたいカラーコーディネートなどはあるんですか?
「あると言えばあるんですが、ないと言えばない……、ですね」
──どっちなんですか?
「挑戦してみたいカラーコーディネートで言えば、“マラガ”というスペインのプロサッカーチームがやっているような配色には惹かれます。このチームの2020-2021シーズンのユニフォームは、黄緑と紫を組み合わせていたんですが、カラーコーディネートのセオリーで考えると、絶対に“NG”な組み合わせなんですね。淡いトーンで合わせればきれいにまとまるんですが、色が濃いまま並べると、お互いの主張が強すぎて“濁った”ように見えるんです。だからとても難しい組み合わせなんですよ。
このユニフォームをデザインしたデザイナーさんは、あえて濃いトーンで配色しているんですが、2つの色が接触するところでは、鮮やかな黄緑のラインを着物などで使う絣(かすり)のようにかすれさせているので、配色に濁りがない。それがものすごく格好いいんです。こんなやり方があるのかとわたしも驚いたし、マラガのようなコーディネートをわたしもやってみたいのですが……」
──できない?
「そうですね、やっぱりできないと思います。インテリアコーディネーターはアーティストではありません。部屋のコーディネートを手がけたのはわたしでも、その部屋で生活されるのはお客さまです。わたしたちの仕事は、お客さまの人生にちょっとした潤いや快適さをご提案したり、ご商売がうまくいくようにお手伝いしたりすることなので、アーティストのように、自分の作品を残すような感覚でコーディネートすることはできないと思っています。
絶対“NG”と言われている配色に挑戦するなんて格好いいと思いし、アーティストなら挑戦のしがいもあると思うんですが、最優先すべきはお客さまのご希望とお気持ちです。常識を覆すような色使いに挑戦して、それが誰にでも自慢できるような素晴らしいコーディネートだったとしても、お客さまに“くつろげない”と思われたら、わたしはインテリアコーディネーターの仕事をしたとは言えないと思うんですよ。マラガの配色は、“こういう試みもできる”という情報として、頭の中の引き出しにしまっておきますけど」
──ご自身の気持ちは二の次にする?
「チャレンジできる場面なんて、いくらでもあります。人気の壁紙がいつの間にか廃番になっていたなんてことはしょっちゅうなんですが、そういうときだって、“あの壁紙が使えなければどうすればいいか”“あの壁紙よりもっといいデザインにするには……”と考えるのもチャレンジの1つです。だからやりがいもあるんです」
──前向きですね。
「むしろお客さまと話していると、いろんな化学反応が起きて、自分1人では思いつかなかったようなデザインが生まれることもあるので、それを楽しんでいる部分が大きいです」
──どんな人がインテリアコーディネーターに向いているんですか? やっぱり美的センスは必要?
「最初からセンスのある人なんてどこにもいないと思います。センスは磨くもの……、だとわたしは思っていて、そのためにはどれだけ多くの美しい建物や景色、芸術などを見て、自分の中に取り込めるかではないでしょうか。最終的に行き着くのは“熱意”です。いいものを作ろうという熱意があれば活躍できる仕事だと思っています」
──最後の質問になります。インテリアコーディネーターになられて、あれだけ建築業界に進むのを反対されていたお父さまの反応は?
「インテリアコーディネーターの資格を取って、わたしがプロとして初めて請け負った現場が仕上がったとき、平塚(神奈川県)から奈良まで見に来てくれました。心配していたのかもしれませんね。開業したエステサロンでしたけど、部屋の隅々までじっくり見て、“まぁまぁだな”って」
──本当は嬉しかったんじゃないですか?
「どうでしょう。わたしの性格を知っているから、もう反対しても聞かないと思ったのかもしれないし(笑)」
──この世界に飛び込んでよかったですか?
「もちろんです。前の仕事は8年勤めました。いまの仕事を始めて、今年でちょうど8年になるんですね。前職もやりがいはあったけど、心のどこかでは社会人になって羽ばたいていく子供たちが輝いて見えて、うらやましく思っていたように思います。いまは誰かをうらやむようなこともないし、むしろ自分の可能性や未来がどんどん広がっていくような感じで、同じ8年でもこんなに気持ちが違うんだな……、と自分でも驚いているんです」
(取材・文/久保弘毅)