400年前の“こうじ菌”がいまも受け継がれている

──こうじ菌が違うと、味も違うのでしょうか?

「こうじ菌ごとに違ったしょうゆのおいしさ、味わいがあります。ほかにも発酵・熟成の管理方法や、火入れの仕方によって、独自の味わいが作られます。

 弊社には“ヤマサ菌”という、創業時から受け継がれてきたこうじ菌があります。弊社のしょうゆは澄んだ赤色と華やかな香り、キレのある味わいが特徴で、和食の職人さんに聞いても“刺身のおいしさを引き立てるしょうゆだ”と言ってくださる方が多いですね。刺身は身を締めても、多少の生臭さはどうしても残ります。ヤマサ菌で作ったしょうゆは香りが立つので、生魚の生臭さを覆い隠してくれるんです」

──しょうゆには“消臭効果”もあるんですか?

「消臭スプレーほどではないにしろ、臭み消しの効果はあると思います。しょうゆに含まれている“香り成分”や有機酸、アミノ酸などの成分には食材の生臭みをマスキング(覆い隠す)働きがあるんですね。弊社のしょうゆにはそういった成分が多く含まれているので、臭みを消す能力も優れているのかもしれません」

──その貴重な“ヤマサ菌”はどうやって受け継がれてきたのでしょう?

「弊社の創業は江戸時代の1645年です。創業者の濱口儀兵衛はしょうゆ発祥の地と言われる紀州由良(現和歌山県日高郡)の隣村に生まれ、おそらくは郷里でしょうゆ造りを学んだのだと思いますが、後にしょうゆ造りの本場の技と味を銚子に持ち込み、弊社を創業しました。そのとき一緒に持ち込んだのがヤマサ菌です」 

──江戸時代までさかのぼるんですか? ヤマサ菌には400年近い歴史があるわけですね。

「基本的に、こうじ菌にはオスとメスがありません。胞子という自分の分身をまき散らしながら、子孫を増やしていきます。他の菌類と交わることがないので、受け継ぎやすかったのかもしれません。

 1900年代になると純粋培養技術が開発されて、それからは無菌状態でヤマサ菌を保存できるようになりました。研究室にも古い時代の“ヤマサ菌”が残っています」

ヤマサ菌 (c)ヤマサ醤油株式会社

──豊島さんもご覧になりましたか?

「はい。保存されていたこうじ菌がちゃんと生きているのかどうかを確かめるために、昭和初期のヤマサ菌を復活させようとしたことがありました。保存状態もよさそうで、中身もそんなに古くなっているようには見えませんでした。大切に守られてきたのでしょう。歴史の重みを感じました。“この菌を復元できなかったらまずいな”と思って、いつもより多めに菌を植えたら、びっしりと生えてきました」

──90年も前のこうじ菌がしっかり生きていたわけですね。

「驚きました。微生物が自分の想像を超えた機能を持ち合わせていたり、知らないことを発見させてくれたりすると本当に嬉しくなります。つくづく微生物の研究には終わりがないなあと感じます」