強烈な匂いが染みついて、1日たっても取れない
──乳酸菌はヨーグルトだけでなく、しょうゆ作りでもいい仕事をするんですね。酵母はどんな働きをするのですか?
「酵母もブドウ糖を食べて、アルコールと炭酸ガスを作り出します。これが3つ目の発酵です。酵母が作ったアルコール類と、乳酸菌が作った乳酸などの酸などが化学反応を起こしてさまざまな香りになるんです。
発酵が進んだ諸味の匂いはかなり強烈で、諸味を作っている蔵に入ると、諸味の匂いが染みついて取れなくなるんですよ。研究室にいると、突然なんとも言えない濃厚な匂いが漂ってくることがあるので、“ああ、誰か蔵へ行ってきたな”とすぐにわかります(笑)」
──かなり強烈ですね。
「強烈です。蔵に入ったのが午前中でも、退社する時間になってもまだ匂いが取れないくらいですから」
──どんな匂いなんですか?
「諸味の発酵がうまくいかないと、諸味の表面が白くカビの生えたような状態になってしまいます。その匂いを“酸膜臭”と言います。酸膜臭が出ないように管理しなければならないのですが、いい諸味はアルコール類のすっとした香りに、甘く、濃厚なしょうゆの香りが混ざり合った何とも言えない香りになります」
──この段階ではまだしょうゆっぽくないんですか。
「はい。まだ未熟なしょうゆの状態です。タンクの中で諸味を寝かせていくうちに、アミノ酸と糖が“メイラード反応”を起こして、しょうゆの色や香り成分が生成されます。メイラード反応というのは、肉やパンを焼いたときに色が褐色に変わっていく反応です。
肉は高温で焼きますが、諸味の場合はもっと低温(20~30度ぐらい)でじっくり熟成させていきます。メイラード反応が起きたときにできる“メラノイジン”という物質が、しょうゆの色を作るんですが、あまり色を付けたくない淡口しょうゆは低温で管理したり、しょうゆの種類によって熟成の温度や期間を変えます」
しょうゆもヨーグルトみたいに乳酸菌で発酵させていたとは知りませんでした。それにしても、諸味を醸造中の蔵に入ると匂いが染みついて1日じゅう取れないとは驚きです。その蔵にいっぺん入ってみたいような、入ってみたくないような……。次回はおいしいしょうゆを作るために、開発者がどのように味覚を鍛(きた)えているか等々を伺います。
※第2回:【しょうゆ#2】ヤマサ醤油は日本で最初のソースを作り、現在は医薬品の原料も作っている!(11月13日17時公開予定)
(取材・文/久保弘毅)