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社会

アスリートが向き合うセカンドキャリアの現在地──引退後の転身支援に特化する人材会社が、本気でかなえたい未来とは

SNSでの感想
今回取材したアーシャルデザインのみなさん 撮影/近藤陽介
目次
  • 全米上位500社の経営幹部約80%が元アスリート
  • ITエンジニアとアスリートの、意外な共通点とは
  • アスリートがセカンドキャリアで感じる無力感と悔しさ
  • 「わからない、何もできない自分」をまず受け入れてみる

 アスリートにとって、競技引退後のセカンドキャリアは大きな不安要素であり、今や社会問題にまでなりつつあるといいます。そんな中、“ITエンジニア×アスリート”のキャリア支援という、一見異色に見えるサービスを展開しているのが株式会社アーシャルデザインです。

 どのようなきっかけから、アスリートとITエンジニアの融合は生まれたのか。アスリートはなぜ、セカンドキャリアで苦戦を強いられるのか。目の不調で断念したものの、学生時代にプロテニスプレイヤーを目指していた、同社の代表取締役・小園翔太さんに話を伺いました。

 また後半では、実際に現場でITエンジニアとして活躍する元アスリートの吉田開さんにもインタビュー。セカンドキャリアを築くうえでの苦労や、アスリートで培った経験やスキルなど、次のステージでのキャリアの実態についてお聞きしています。

◇   ◇   ◇
アスリートのセカンドキャリアにおける実態を話してくれた、代表の小園翔太さん 撮影/近藤陽介

全米上位500社の経営幹部約80%が元アスリート

── アスリート・体育会系に特化した人材紹介や就職支援サービスを行っているアーシャルデザインは、創設2014年。そこには、どのようなきっかけがあったのでしょうか?

一番のきっかけになったのは、憧れていたテニスプレーヤーから“引退後のセカンドキャリアが不安”という話を聞いたときですね。非常にショッキングでした。

 私は高校3年生のときに飛蚊症(ひぶんしょう)※という目の症状に見舞われたのを理由に、プロテニスプレーヤーの道を諦め、大学時代にはテニスのインストラクターをやっていました。そこで、そのプロテニスプレーヤーの練習をお手伝いしていたんです。

※視界に黒い点やゴミのようなものが現れる症状。

 憧れの選手がそんな不安を抱えているとは夢にも思わなかったので、そこから詳しく調べてみました。すると、他のスポーツ競技でも、選手が同じ問題を抱えていることを知り、そこからアスリートのセカンドキャリア支援に興味を抱くようになりました

──セカンドキャリアをスタートする際に、アスリートはなぜ苦戦を強いられるのでしょうか?

「最近は少しずつ変わってきていますが、日本のスポーツ業界は、競技レベルが上がれば上がるほど、その団体(組織)で行動することが基本となります。そうすると、“村社会と呼ばれる、外からの情報が入らない閉鎖された組織体となっているのがひとつの要因だと思います。

 スポーツ競技から別の世界に移らなければならない現実を突きつけられたときに、今まで外との接点がなかったために、アスリートは“次に何をしてよいかわからない”という悩みにぶつかるのだと思います

──アスリートの中には「競技でしか自分は輝けない」と感じていて、外に飛び出す勇気がない人が多いと聞きますが……

「少なくないと思います。競技の引退後もすぐに輝ける人は、自分の現役時代を“資産”として捉えられる“BS思考”なんです。BSとは資産や借金など、企業の財政状況を把握する“バランスシート(Balance Sheet )”のこと。

 つまり、長期視点で物事を考えます。

 反対に、“自分から競技を取られたら何も残らない”と考えてしまう人はPL思考です。一定期間の売上・費用・利益を算出して経営業績を表す“損益計算書(Profit and Loss Statement )”のことで、短いスパンの結果だけを求めてしまう短期視点の考え方です。

 本来であれば、試合に負けたとしても、そこにたどり着くまでの過程で、どうやれば強くなれるか、あるいはどうすればうまくなるのかを考える過程で、人格が形成されていきます。それはスポーツだけでなく、他の分野でも生かせる資産のはずなのですが、競技は勝ち負けで評価されるため、PLの短期視点から抜けられず、BSの長期視点が持てないアスリートが多いです。でも、アメリカでは違います

──どう違うのでしょうか?

アメリカでは、“スポーツがビジネスパーソンを育てる”という考え方が、むしろ一般常識になっています。実際にそれを証明するデータもあります。アメリカの経済誌『Fortune』が年に1回、全米上位500社が総収入に基づき順位づけをする“Fortune 500”というのがあります。その500社の経営幹部の経歴を調査した企業があり、その結果をみると、約80%の経営幹部が“カレッジまで競技を続けていたアスリート”でした。

 つまり、スポーツを行う過程で人格形成が育まれ、かつビジネスで求められるスキルも身につけられるので、社会に出てからも活躍できるわけです。アメリカでは、スポーツに取り組むことが教育のコンテンツのひとつとして認知されており、それが日本との大きな違いだと思います」

ITエンジニアとアスリートの、意外な共通点とは

──具体的に、アスリートのセカンドキャリアをどのようにサポートしているのでしょうか?

「就業支援以外にも、さまざまな活動を行っています。例えば、同じ課題感をもつ元アスリートの方々のネットワークを活用し、現役アスリートと定期的に会合を開いて、社会で活躍するビジネスパーソンとの交流会を開催。そこでは“ビジネスで求められる素養”と“競技で鍛え、身につけた素養”の共通点を伝え、これまでの経験が資産として考えられるようにアドバイスしています。

 また、私たちがウェブコンテンツとして提供している『ATHLETE LIVE』もそのひとつ。アスリートのためのキャリアマガジンです。当メディアを立ち上げた4年前は、“アスリート 引退後”“アスリート セカンドキャリア”というキーワードで調べると、だいたい2ページ目まで、ネガティブな記事で埋め尽くされていました。

 当時から引退後も輝いている元アスリートはたくさんいたのですが、それを知る場所がないため、ネットの情報でネガティブイメージが勝手につくられていたんです。そこで、引退後も輝いている人たちをしっかりと伝えていこうと立ち上げたのが『ATHLETE LIVE』です。

 今では、同じようなキーワードで検索しても、このコンテンツが上位表示されるので、セカンドキャリアで活躍している人がいるということは、現役アスリートだけでなく、世間のみなさんにも届けられたと思っています。実際この記事を見て応募してくださる人も増えました。

 その他に力を入れているのは、ITエンジニアに特化したアスリートの就業支援です。今まで進路として意識されなかったITエンジニアという職業に、アスリートの素養が生かせることをお伝えしたり、プログラミングを学べる機会を提供したりして、ITエンジニアをひとつのキャリアの選択肢として考えてもらえるような働きかけを行っています」

──IT企業とアスリートとのマッチングサービスを始めたきっかけは何ですか?

「この事業自体を構想し始めたのは2017年。当時はアスリートの人材紹介だけを行っていたのですが、企業のDX化の波もあり、“未経験でもいいので、ITに興味がある体育会学生を紹介してほしい”というニーズが増えていました。

 その一方で、アスリートや体育会学生のキャリア支援をしていると、結果を求められる環境で生きてきた人たちなので、企業側も人材会社のわれわれ担当者も、“アスリート=営業職”という固定概念が根づいてしまって、紹介できる職種が限定されてしまうという葛藤がありました。同時に、アスリート本人が職種を選ぶのではなく、私たちがそちらに方向づけしてしまう課題も感じていました。

 そこでアスリートに対して、職業の適性検査を新たに行ってみると、ITエンジニアが上位に来ることがわかり、サービス化を検討しました

──アスリートのどういった素養がITエンジニアにマッチするのでしょうか。

「チームスポーツや団体戦を行っているアスリートは勝利を目指して、それぞれのポジションを全うするように、ITプロジェクト(案件)は、チームをまとめるPL(プロジェクトリーダー)、設計を考えるSE(システムエンジニア)や、開発を行うPG(プログラマー)など、それぞれの役割がチームとしてプロフェッショナリズムを発揮し、システムを完成させます。

 カテゴリーはまったく違いますが、考え方は非常に似ています。もちろんアスリート全員がエンジニアに合致するとは考えていません。“数字が苦手”とか”調査や検証が嫌い”など、そもそも志向性が合わない人もいらっしゃいます。

 そこで、当社ではエンジニアを育成するため独自の学習システムを持っており、興味を持ってくれたスポーツチームには、プログラミングに触れる機会を提供しています。アスリート×ITエンジニア──最初は適性検査からの診断だけでしたが、この事業を始めて今年で2年目、顧客先からの評価を聞くと、あながち間違っていなかったと感じています」

──今後、アスリートの就業支援などを通じて、どういう世界をつくっていきたいとお考えでしょうか?

人の人生にファーストもセカンドもありません。試合や勝負に勝っても負けても、それまでの過程を自分の資産として認知できれば、おそらく引退後に“自分には何もない”という言葉は出てこないと思います。

 もちろん、キャリアについて悩むことはあるでしょうし、失敗もするかもしれません。でも最終的には、前を向いて踏み出せる。今はセカンドキャリア支援と言っていますが、この“セカンドキャリア”という言葉自体がなくなるように、アスリートを支援しながら、スポーツ業界を含む社会を変革していきたいと考えています

この世の中から「セカンドキャリア」という言葉をなくしたいと話す 撮影/近藤陽介
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