監督に叱られてもやめられなかった共演者同士のアドリブ合戦

羽佐間道夫さん 撮影/近藤陽介

──そのようなアドリブは、羽佐間さんが最初に始めたのですか?

「最初は滝口順平さん(※2)がやり始めたんだけど、そのうち一緒に吹き替えをしていた連中もやるようになって、アドリブの応酬なんてことも珍しくなくなりました。ぼくは広川太一郎(※3)と盛んにやりあっていたなあ。共演者が何をしてくるかわからない中での掛け合いが、たまらなく楽しいのよ

(※2)滝口順平(たきぐち・じゅんぺい):アニメ『ヤッターマン』のドクロベエ役「おしおきだべ~」で知られる声優。吹き替えや『ぶらり途中下車の旅』などのナレーターとしても長年活躍した。2011年没。
(※3)広川太一郎(ひろかわ・たいちろう):軽妙な語り口とアドリブで名を馳(は)せた声優。コメディー映画の吹き替えやバラエティ番組のナレーションなどでダジャレを混ぜた独特の語り口は“広川節”と言われた。2008年没。

──それは、28分間ミスが許されないときもやっていたんですか?

「もちろん! スタジオに入ると、みんな仕掛けてくるんですよ。広川なんか台本にネタを書き込んでいたしね。でもまあ、一番すごかったのは、やはり滝口さんでしたね。あの人は、最初のうちは静かにしているんだけど、テープが終わる28分頃になるといきなりアドリブをかましてくるんですよ。急に羊の鳴き声で“メェェェ”とか言ったりして。だから隣の人が吹いちゃう。当然、収録はやり直しになっちゃうんだけど、本人はそれをやりたくてしようがないんだよね」

──収録が長引きますね。

でも、ユーモアは大切だよ。みんなを楽しませようという場は、ぼくも好きです。そうじゃないのが1人でもいて、冗談も通じないとなると途端にシラけちゃうけどね。でも、こういった、当時の楽しくもあり、緊張感もあった収録現場でぼくは鍛えられました。『ピンク・パンサー』(※4)のシリーズでピーター・セラーズ(※5)扮(ふん)するジャック・クルーゾー警部の吹き替えをしたときは、アドリブをきかせまくってね。自分でも縦横無尽に暴れ回ったという感じでした

(※4)『ピンク・パンサー』:1963年に公開された映画『ピンクの豹』を第1作とするシリーズ。日本でもテーマ曲「ピンク・パンサーのテーマ」や、アニメキャラクターとして登場するピンク・パンサーのグッズなどが1970年代に大ブームとなった。
(※5)ピーター・セラーズ:イギリスの喜劇俳優。『ピンク・パンサー』シリーズのクルーゾー警部役で大ブレイク。多種多様なクセのある役に扮する芸風で一世を風靡(ふうび)した。1980年没。

羽佐間道夫さん 撮影/近藤陽介

──アドリブを入れると、演出家や音響監督から怒られたり、“待った”がかかったりしたりはなかったんですか?

「ありましたよ。覚えているのは、『俺がハマーだ!』(※6)のとき。ぼくと内海賢二(※7)、小宮和枝(※8)の3人が好き勝手にやりすぎたというのはあったんだけど、“作家はものすごく考えてセリフを作っているんですよ。それをアンタが一蹴する権利なんてあるんですか”と言われました。ぼくも“つまらないから変えたんだよ”と返しちゃったものだから、もう“降りる”“降りない”のケンカですよ

(※6)『俺がハマーだ!』:1980年代に日本でも放送されたアメリカのコメディー刑事ドラマ。羽佐間道夫が主役のスレッジ・ハマー刑事、小宮和枝が女性刑事ドリー・ドロー、内海賢二が警察署長エドマンド・トランクに声をあてたドタバタ劇が人気を博した。
(※7)内海賢二(うつみ・けんじ):『Dr.スランプ アラレちゃん』の則巻千兵衛や『北斗の拳』のラオウ役などで知られる声優。吹き替えやナレーターとしても多数活躍。『ロッキー』のアポロや『ピンク・パンサー』のドレフュス警部など、羽佐間道夫と数多く共演している。2013年没。
(※8)小宮和枝(こみや・かずえ):1970年代からアニメーションや吹き替えで活躍を続けている声優。『ER緊急救命室』のケリー・ウィーバー、『ハーイあっこです』のあつこなど幅広い役を演じている。

ハマーはコメディーだからね。セリフに大きな意味はないのよ。そこを理屈で返されちゃうとねぇ。このときはなんとか収まったから、その後もぼくはハマーの吹き替えを続けられたわけだけど、同じような言い合いになって、途中で降板したこともありましたよ。

 ただね、アドリブとは言っても、何も笑いだけではないんですよ。ペーソス(哀愁)も大切だし。結局、人間のあらゆる感情を声に乗せていくというのかな。そういったことが、ぼくら声優に求められるものだと思うんですよ

ダニー・ケイはセリフを自然と引っ張り出してくれる俳優

羽佐間道夫さん 撮影/近藤陽介

──そういう意味において、羽佐間さんが思い出に残っている作品はありますか?

それはもう、『五つの銅貨』(※9)という作品でダニー・ケイ(※10)の吹き替えをしたときです。歌や演奏も見事だったけど、何よりも彼は“こういう演技をしますよ”というアクションを全身を使ってわかりやすく演じてくれる俳優でした。

 たとえば、驚いたときの演技は、一度上半身を軽く捻(ひね)ってから大きく両手を広げ、口を大きく縦に開け、目を見開いて“おお~っ”ていうアクションをするんです。すると、声をあてているぼくも「おお~っ」という声が自然と出るじゃないですか。言葉が違っていても関係ないんですよ。彼はぼくのセリフを自然と引っ張り出してくれる俳優でした。

 それにね、人って“泣きたい”と思ってから泣くわけではないでしょ。泣かざるを得ないから泣いてる。だから、本来、泣くシーンでは自分でその感情を作りあげないといけないんだけど、『5つの銅貨』のダニー・ケイのときは、演技だけど彼が泣いている姿を目にして、ぼくも自然と泣きながら声をあてていましたよ。

 映画がテレビで放送されたあと、すぐに山田康雄(※11)からはがきが届いたんです。“おまえ、泣かせるなよ”と書いてありました。山田康雄からですよ、あのときは嬉しかったなあ

(※9)『五つの銅貨』:1960年に日本で公開されたアメリカ映画。実在のコルネット奏者レッド・ニコルズをダニー・ケイが演じ、その音楽人生と家族愛を描いた作品。
(※10)ダニー・ケイ:舞台俳優として活躍後、1944年に『ダニー・ケイの新兵さん』で映画の主役デビュー。早口で歌う歌やコミカルなダンスなど、多彩な芸が高く評価されていた。1987年没。
(※11)山田康雄(やまだ・やすお):『ルパン三世』のルパン三世役として知られる声優。吹き替えでもクリント・イーストウッドやジャン・ポール・ベルモンドほか多数の主役俳優を専任するなど一時代を築いた。1995年没。