③感覚を刺激する身体性の強み
見里監督の前作である『マイリトルゴート』は、グリム童話『狼と七匹の子山羊』をベースにしたダークファンタジーでした。本作はフェルトを素材にしたパペットを使っていますが、この作品を制作していた当時は制作費を抑える都合からフェルトを素材に使ったそうです。アナログでかつ、演出や動作に物理的な制約のあるフェルト製のパペットならではの表現があった『マイリトルゴート』。児童虐待といった重いテーマも設定に取り入れたことで、物語に不穏さと奥深さをもたらしていました。
DS編でも、教習所でモルカーたちの個性を矯正しようとする鬼教官が登場。画一的な規範で個性を封じ込める愚(おろ)かさや、漂白された社会のいびつさを提示し、ポップな世界観ながらの風刺性は『マイリトルゴート』を彷彿(ほうふつ)とさせました。こうした毒気のある表現を効果的に増幅させているのが、この作品独自の身体性にあります。
『マイリトルゴート』では、母ヤギが狼にのみ込まれた子ヤギたちを取り出すと、1匹の子ヤギは胃の中で消化されて死んでいて、もう1匹の子ヤギは顔が胃酸で溶けていました。グリム童話では、迷子になった兄弟がかまどに魔女を蹴り入れて殺してしまう『ヘンゼルとグレーテル』のような、まるで子ども向けとは思えない残酷な描写や設定が多く見られます。こうした身体感覚を伴うリアルな設定は、見里監督独自のものだと言えるでしょう。
こうした身体性が感じられる設定や描写は、実は『モルカー』でも多く見られるのです。たとえば、人がモルカーに乗り込むときの吸い込まれるような感覚、人間がポイ捨てしたゴミを食いしん坊のモルカーが食べてしまい腹痛を起こす描写など……。こうした感覚に訴えかけられるキャラクターの動きは、視聴者から多くの共感を呼んだはずです。
これはパぺットを動かして長時間制作と向き合う、表現者だから高められた感覚であり、手の中で試行錯誤をする工程があったからこそ、生まれた独自性だったように思えてなりません。