日台の大スターが共演した『真昼ノ星空』は「100%のできばえ」

 映画制作への情熱が高まり、パワーあふれる人間力と才能でチャンスをつかんだ中川さんは、'98年『青い魚』でついに監督デビュー。脚本も手がけた本作は那覇を舞台に少女の儚(はかな)い恋を描き、叙情的で美しい映像が注目され、釜山国際映画祭・モントリオール世界映画祭ほか多くの国際的な映画祭で上映されました。ベルリン国際映画祭では、ヤングフィルムフォーラム正式招待作品に選出されています。

続く『departure』('00年)、『FIRE!』('02年)も沖縄が舞台。「街中でも人々の生活が息づいている」というアジア感を沖縄に見たという中川さんは、東京にいながら沖縄の人や街を描く映画を撮り続けたのです。

 '04年には名実ともに日本を代表する女優・鈴木京香さん、中華ポップスの貴公子・王力宏(ワン・リーホン)さんを主演に迎えた『真昼ノ星空』を発表。日台トップスターの共演、ベルリン国際映画祭での上映時は会場が満員で人があふれたなど、さまざまな話題を呼んで注目されました。ウチナーンチュ(沖縄出身者)の私としては鑑賞当時、かの京香さんとリーホンさんが市場など庶民的な沖縄の街中でロケをしたことに驚き、せつない愛の物語に大感動したことを覚えています。

高い評価をいただいた『真昼ノ星空』は、自分自身でも100%のできばえだったと思っています。京香さんにたまたま会う機会があり、“私に合う映画はないの?”と聞かれたので脚本を見ていただいたら気に入って、出演してくれました。撮影の合間にひとりで100円ショップに行って、クリスマスのかぶり物を買って楽しそうに遊んでいましたよ。天然でかわいらしい素顔ですが、本番になるとグッと表情が変わるのはさすがでした。本当にいい女優でいい女、この映画の京香さんの美しさは、多くの観客を引きつけました。でも那覇の農連市場に、あんないい女はいませんよね(笑)」

時に冗談を交えながらも、映画の話をする中川さんの表情はとても真剣

数年越しの大作を発表後「やり尽くしたので次はない」

『群青 愛が沈んだ海の色』を発表したのは'09年。主演の長澤まさみさんが20代に突入し、女優として成長したと注目された作品です。大手映画会社が製作・配給し、中川さんにとっては企画から脚本執筆まで数年間かけた大作。「作家性と商業的なことで揺れ動きました」と振り返り、最終的には商業的にやろうと腹をくくったのだそうです。

「渡名喜島で1か月、撮影しました。すてきな島で楽しい滞在になりました。ドラマ収録があった佐々木蔵之介くんは、いったん東京に帰ったんですが、電話があり、“渡名喜が恋しいです!”と言われましたよ。懐かしいですね」

 そして、本作の完成後に燃え尽き症候群のような感覚になったという中川さん。作家性にこだわりたい気持ち、制作過程での苦労など、さまざまな出来事や葛藤があっただろうと想像します。

「この作品でやり尽くしたので次はない、沖縄で映画を撮ることも、もうないだろうと思えました。それは僕にとって、映画をやめる決断でした」

 50歳間近だった中川さんは、新たにどんな仕事ができるだろうと考え「農業が楽しそう」と興味を持ったとのこと。

「千葉や埼玉で土地を探しましたが、農地といわれるところは、すごい田舎。繁華街に出るまでに車で数時間かかる環境だったんです。ところが糸満だったら、車を15分程度走らせれば那覇に行ける。花粉症持ちの妻の悩みもなくなるし、沖縄はいいと思いました」

 憧れの映画業界で活躍して評価され、確実に実績を積んできた中川さん。40代まで突っ走ってきましたが、離れることを決意。映画を撮り続けた沖縄で農業に携わるのが、自然な流れだったようです。