沖縄で再発起! 平和を願い、糸満市を舞台にした短編映画に挑戦
東京にいたころは映画、沖縄に住むようになってからは小説を手がけてきた中川さんですが、共通するのは沖縄を舞台にしていること。前作から10年近くたったころ、沖縄にいながら、ついに映画制作に再挑戦します。地元の糸満市をロケ地に短編映画を数本撮ったのです。
「農業を始めたころは余裕のない日々でしたが、年月が過ぎ、少しずつ余裕ができてきました。'20年にはコロナ対策で文化芸術を支援するためのプログラムがあり、応募したら選ばれて、その補助金でも制作しました」
沖縄でも映画制作をしようと思った背景には、「農家の師匠と慕う人物から印象的な言葉をもらったこと」も影響しているようです。
「師匠は、農業を目的にするなと言うんです。目的にしてしまうと、人生のすべてが農業になってしまう。そうではなく、農業はお金を稼ぐための手段。趣味を持たないと人生は楽しくないよと言われました」
そんな言葉に、最初は反発したという中川さん。
「東京での生活を捨て、かなりの金額をつぎ込んで農業のためにハウスを建てました。その行動や思いを根底から揺るがされ、ショックでした。でも、だんだんわかってきたんですよ。馬車馬のように働いて、生活できるようになったとします。その先にやることがないと、いったいどうなるのか、と先を考えられるようになりました。だんだんと師匠の言葉が心にしみてきて、“自分にはやっぱり映画や小説なのだろう”という気持ちが大きくなっていったんです」
前述の、長澤まさみさんが主演した映画『群青 愛が沈んだ海の色』の監督は楽しい経験だったけれど、大作すぎて目の届かない部分ができてしまう。昔はスタッフ数百人体制で映画を撮ったこともあったけれど、機材が発達した現在は5人でもできるなど、過去と現在を比べながら、映画作りをリアルに考えられるようになった中川さん。
「全国公開はできなくても、自分でコントロールできる小規模な映画を沖縄の役者と作りたい。短期間・低予算で取り組みつつ、映画の本質が少しだけでもわかる作品づくりを、と前向きになりました。自主制作に戻る感覚でしたね」
映画制作への意欲を取り戻した中川さんは、'20〜'21年に『のぶゆきと母ちゃん』『笑顔の理由』『やくそく』を続けて完成させました。監督と脚本を兼任したこの作品たちは短編三部作といえる内容。
「沖縄の文化や人の考え方を自分なりに解釈し、沖縄を撮ろうと思いました。東京にいたころはロケ地として沖縄で撮る、という感覚だったんですよね。
また、お盆をはじめとする年間行事や日常を通して、沖縄は“生きている人と亡くなった人の距離が近い”ことに驚きました。だから、亡くなった人への思い、亡くなった人からの思いを3作品で描きました」
このように、以前とは撮る映画の作風が変わったと、自ら認識する中川さん。
「東京で作ったデビュー作『青い魚』と最新作『やくそく』はまったく違います。自分だったら農作業を終えて家に帰ると、小難しいアート作品などは見たくないわけですよ。頭を使わず沖縄の人気役者が放つセリフを聞くのが楽しいし、おじぃとあばぁが出てきたりするのが面白い。過去作品よりも『やくそく』のほうが、観客向けでわかりやすいです」
監督としての中川さんの現在のスタンスは、「自分が見たい映画を作っていくこと」。また、3年間かけて学習し活動する「糸満市平和ガイド」としての立場から、戦争映画の必要性にも気づいたと言います。
「戦争を扱うのはとてもデリケートですが、記憶を色あせさせないためにも戦争映画は必要だと考えています。戦争を美化している、アメリカ人をヒーローにしているなど批判を浴びた作品がありますが、沖縄戦を知る機会になった人もいたでしょうね。鑑賞後に戦争がいいと思う観客もいないと思います」
平和ガイドの活動を通して、沖縄戦を知らない若者たちに触れる機会も多い中川さん。
「悲惨な面をストレートに伝えると怯(おび)えにつながるので、初恋のエピソードを入れつつ戦争の悲しさを静かに語ったのが『やくそく』です。批判は覚悟のうえで、多くの人に見ていただけたら、という思いで作りあげました」
ついに長編制作! 「銀天街」の街おこしムービーに意欲
そして'22年11月末、長編作品のメガホンを握ることが決定。沖縄市(旧コザ市)に実在する「銀天街」の活性化への取り組みとなる映画制作です。ショッピングセンターに客足を奪われ、商店主の高齢化問題もある中でシャッター街となったこの商店街を舞台に撮影を行い、完成後は上映イベントを開催予定。また、出演者やスタッフを住民から募るなど「ワッター(私たちの)町の映画」という意識を高める作品づくりにしていくそうです。
映画のタイトルは『コザママ♪〜うたって!コザのママさん!!〜』。ジョニー宜野湾さん・jimamaさんらミュージシャンをはじめ、舞台役者や芸人など幅広いジャンルにおける沖縄の人気者たちが出演します。
「20年前のコザで人気だったガールズバンドのメンバー4人が、街おこしイベントで再結成する話です。主役は70年の歴史を持つ銀天街の街並みで、はたしてもう一度息を吹き込めるのか、という実験的な映画。そこに住む子どもたちに、自分の街は最高だとプライドを持ってもらうことも目的にしています」
11月末から12月にかけて撮影し、'23年1月の毎週土曜日に、銀天街特設会場にてプレミア上映を計画中。スクリーンに映し出される場所で映画を見るワクワク感、見終わったあとは現地を散策する楽しみがあり、県内外から注目される上映スタイルになりそうです。
「夢を取り戻そうとするママさんたちの姿を描き、かつて黒人街といわれたこの商店街で日常に流れていたR&Bミュージックを取り入れます。音楽と映画がどれだけ街や人を豊かにするのか、というのがポイント。昭和の建物が残っているノスタルジーな銀天街は、ロケ地としても魅力です」
そう言って目を輝かせる中川さんは、13年ぶりに取り組む長編制作に「やっと戻ってきた」と実感するのではないでしょうか。以前と変わらず、楽しく和気あいあいとした現場づくりをモットーにするそうです。
映画で始まり、農業も始め、現在は兼業している中川さんの半生。影響を受けた人物を聞くと、お父さまだという答えが返ってきました。
「祖父が99歳まで生きたので親父も長生きすると思っていたら、68歳で他界しました。親父は新聞記者で、定年後も舞台などの評論を書いていました。亡くなる前は無念そうな顔をしていて、もっと発表したい気持ちが伝わってきましたね。親父を見て、“明日にでも死んでしまうかもしれない、いちばん若い今、やりたいことをやろう”と思うようになりました。もし失敗することがあっても、命までは取られないだろうという開き直りもあるんです」
その言葉から、中川さんの真っすぐな気持ちが伝わってきます。お正月には『コザママ♪』を鑑賞し、ときどき中川農園の野菜を味わって、中川陽介さんのこれからを追いかけたいと思いました。
(取材・文/饒波貴子、執筆協力/Shotaro)
【PROFILE】
中川陽介(なかがわ・ようすけ) ◎映画監督。SOUTHEND PICTURES主宰。1961年東京都生まれ。沖縄を舞台にした数々の作品を世に送り出し、世界各地の映画祭に招待、上映される。'09年に糸満市に移住し農業を開始。小説家としても活躍しており、沖縄を舞台とする作品群で「おきなわ文学賞 理事長賞」や「第44回新沖縄文学賞」、「第69回地上文学賞」を受賞。代表作に『青い魚』『真昼ノ星空』『群青 愛が沈んだ海の色』『やくそく』などがある。