全員でフルマラソンを完走!「側転でゴールする余力を残していました(笑)」

──グループ内での立ち位置は、どのように決められていたのですか。

「真弓ちゃん(梶原真弓)はファッション誌『CanCam』のモデルで、テレビドラマにも出ていたので、センターみたいな感じでしたね。そこに恵理ちゃん(今井恵理)が加わって、私と真美ちゃん(三瀬真美子)が両脇を固めました。立ち位置は事務所の代表が決めていたんですよ。最初はみんな髪が長かったけれど、一緒だと区別がつかないからと言われ、コンセプトに合わせて私がショートカットにしました

──グループ内で中島さんは、はつらつとした印象だったのを覚えています! グループ活動の場合は、団体行動ならではのルールなども存在し、気を遣う部分が多かったのではないですか。

「実は、グループ活動自体は5、6年と短いんですよ。今振り返ると、変に気疲れすることもなく、楽しかったですね。みんなでハイエースに乗って、おしゃべりしながら仕事場まで移動したりして、学校みたいな感じでした。そういえば、印象深い思い出があって、『西暦2000年シドニーオリンピックプレイベント』として行われた『第1回シドニーマラソン』('94年)にメンバー全員で出場して、フルマラソンを走ったんですよ!

──フルマラソンは、素人ではとても完走できないような長距離ですよね!?

「そうなんです。デビューが6月で、マラソンが8月。“デビュー早々、メンバーに迷惑をかけるわけにはいかないし、絶対に完走しなければ”と思って頑張りました。社長も応援にきてくれて、全員が4時間以内で完走できましたね。そこからグループとしての結束力も高まったと思います」

──初挑戦で4時間以内とは、すばらしい記録ですね。

でも私は“側転でゴールをする”と決めていたので、その余力も残していました(笑)!  その後、真弓ちゃんはアトランタオリンピック('96年)の聖火ランナーに選ばれたんです。そのときはメンバーとして伴走したのですが、地元で行われた長野オリンピック('98年)では、恵理ちゃん、真美ちゃん、私が聖火ランナーをさせていただきました。それと長野では、スキーの伴走でも滑っているんです。

 振り返ると、運動が好きなことが芸能活動に生かされていて、本当にありがたいですね。学生時代からバスケットボール、エアロビ、スキーなど、いろいろやってきましたが、シェイプUPガールズとしてデビューできたのも、その先のお仕事につながったのも、運動を続けてきたおかげかなと思います

──今でもメンバーとの交流はあるのですか?

「はい。海外にいるメンバーもいるので、なかなか4人全員で集まるというのは難しいのですが、仕事などで一緒になると、やっぱりうれしいですね!