世の中というのは、誠にもって不思議なもので、「明日だけは絶対に遅刻できない!」という日に限って、目覚まし時計の電池が切れて鳴らなかったり、電車が遅延してしまったりして、遅刻してしまうもの。
まるで遅刻の神様が「コイツを今日、遅刻させたら面白いよな」って、楽しんでいるのかも……と疑いたくなるくらいです。
でも実は、そんな“遅刻できない場面”で遅刻してしまったときこそ、人間力の発揮のしどころなのです。
今回は、絶対に遅刻できない場面で遅刻してしまったけれど、むしろ「人間力で評価された」人たちの話。
偉い人がチェックに来ている日に限って、寝坊で遅刻!
これは、元JAL(日本航空)の客室乗務員で、のちに訓練生を指導する教官。そして退職後は人材育成コンサルタントとなり、数多くの著書も出版されている七條千恵美さんの著書に出てくる話です。
七條さんがまだ客室乗務員のころ、アメリカにステイしたときのこと。七條さんと同じグループで、その日のフライトのチーフパーサー(機内の責任者)である女性が、寝坊により集合時間に遅刻してしまったのです。
しかも、その日はいつもは搭乗しない、フライトをチェックするマネージャーが同乗するというタイミングの悪さ。
七條さんは、空港に向かうバスに彼女が乗り込んできたら、なんと声をかけたらよいかとヤキモキしていたそうです。そこに、化粧をする暇もなかったノーメイクのままの彼女がバスに乗り込んできました。
開口一番、みんなに謝る彼女。
「みなさん! 本当にご迷惑をおかけしました!」
ここで彼女は素晴らしい人間力を発揮します。
この後、さらに続けて言った言葉が、最高だったのです。
「今日は、フライトのチェックでマネージャーもいらしているというのに、寝坊をしてしまい、そして、みなさんにスッピンをさらして……。わたくしはもう、怖いものは何もございません!」
この言葉で笑いが起こり、場の空気が一変しました。彼女の言葉によって、少し張りつめていた空気は一気に和らぎ、みんな、笑顔になったのです。
チーフパーサーの彼女。遅刻したにもかかわらず、自虐的なユーモアによって一瞬にしてその場を明るくしてしまったのです。
もちろん、その日のフライトは、何の問題もなく終えることができたそうです。
時間に厳しい相手との会食に限って、勘違いで遅刻!
もうひとつ。遅刻した場面で、人間力を発揮した人の実例を。今度は、私が大好きなある社長さんの話です。
その社長さん……仮にAさんとしましょう。このAさんが、とても時間に厳しいことで有名な、別の会社の社長Bさんと、初めて会食をすることになったときのことです。
なんとAさん、会食のお店を、店名が似た別の店と勘違い。約束の時間に遅刻してしまったのです。
時間にすれば、わずか10分の遅刻です。しかし、AさんとBさんの会食を仲介して設定した方は、Aさんを待つ間「これでもう、この会食が仕事に発展することはないな」と思っていました。
ところが……。
遅刻したAさんが会場の扉を開けて「どうもすみませんでした! 申し訳ないです! あの、本当に申し訳ないです!」と入ってきた瞬間に、それまで凍りついていた部屋の空気が一変したのを感じたのです。
しかも、驚いたことに、時間に厳しいはずのBさんは特に怒り出すこともなく、会食は和やかな雰囲気で終了。そのうえ、後日、BさんからAさんに仕事の依頼が!
会食のコーディネイトをした方が不思議に思い、のちにBさんに話を聞くと、こんなことをおっしゃっていたそうです。
「Aさんが部屋にバーンと入ってきた瞬間に、部屋の中がAさんの世界に変わってしまった。あれには驚いた」
つまりAさんは、遅刻の謝罪ひとつで、「ただ者ではない!」と思われたのです。
大事な日の朝に限って寝坊をし、遅刻してしまう……。
いや、大事な日だからこそ、前の晩になかなか寝つけず、それで寝坊をしてしまう。人間ですから、そんなこともあります。時間に間に合うよう余裕をもって家を出たのに、集合場所を間違って遅刻してしまうこともあるでしょう。
でも、終わったことはもう仕方ありません。大切なのは、そうなってしまったとき、その後にどう行動するかです。遅刻したとき、失敗したとき、謝らなければならないとき、それらは全部、人間力の発揮のしどころ。
その場の雰囲気を一変させるひと言で、あなたのことを見て楽しんでいる、「遅刻の神様」をギャフンと言わせてやりましょう。
※出典:『「気がきく人」が大事にしている、ちょっとしたこと』(七條千恵美著 Clover出版)
(文/西沢泰生)