タイトルで名前を背負うってすごくいいなと思いました

──序盤、練習着に着替えるシーンの背中の筋肉がかっこよかったです。いままでかわいらしいイメージが強かった岸井さんですが、こんな表情もするんだと終始かっこよくて。メンタルやフィジカルでどうケイコとシンクロしていったんでしょうか?

 背中の筋肉は見せたくて、そのためのトレーニングをしました。でもケイコに近づいているというよりは、ボクシングがうまくなりたい、強くなりたいという気持ちが前に出ていたので、その積み重ねでケイコになっていく感覚でした。3か月の準備期間でもう作品づくりは始まっていて、蓄積されたものでケイコを形成しているというか。

 なにかを見るとか取るとかって、多分演技じゃないんです。それを脚色してしまうと嘘になる。劇的になってしまいますよね。三宅監督も劇的にしたいわけじゃなかったので、同じ目線で同じ場所を見て、物語を紡いでいけたなと感じています。お芝居ではわかりやすくドラマチックなものもありますけど、日々の積み重ねを丁寧に描くことで浮かび上がってくるものもあると思っているので、それを切り取って伝えることができたのはこのチームだったからこそと思います。

岸井ゆきのさん 撮影/有村蓮

──ケイコが見ている世界、音のない世界を想像したときに、光や音の作りが強調されている感じを受けました。言葉にできない感情がこみ上げてくると同時に、普段、音に慣れすぎていたなと。

 聞こえている人は、「自分はこの音が聞こえている」ということを意識する映画だと思います。ちなみに私、生活の中での環境音がすごく好きなんですよね。作られた音じゃなくて、ジャングルで録音した雨やモンスーンの音を聞いたりしています。

──リアルタイムで見逃してもいつでも見られる、速度も変えられるという便利な時代において、映画館で映画を観る体験は稀有だと思っていて。「映画とはなにか?」に向き合う豊かで贅沢な時間でした。「これを逃したら次はない」一回性の強度を噛みしめる機会が少なくなっているいま、思うことはありますか?

 やっぱり映画館で映画を観るというのは特別ですよね。ちなみに『ケイコ 目を澄ませて』は99分なんです。コンパクトで観やすい! その時間に生活や生き方の大事なことが隅々まで詰まっている映画なので、本当にスクリーンで観るべき映画だと思います。録音部の川井(崇満)さんが生粋の音オタクなんですが、一生懸命こだわり抜いた音や、フィルムの粒子も感じていただきたいです。

岸井ゆきのさん 撮影/有村蓮

──英題の『Small, Slow But Steady』、まさに映画も人生もそうだなと思いました。

 もともとこの映画を撮っているときは、日本版のタイトルも『Small, Slow But Steady』だったんですよ。最終的に『ケイコ 目を澄ませて』になったんですけど、タイトルで名前を背負うってすごくいいなと思いました。『J・エドガー』『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』……主人公の名前を冠した映画って、いい映画が多いじゃないですか。自分の役の名前が映画のタイトルになる機会ってあまりないので、すごく嬉しかったですね。