最終回となる今回は、東京・六本木の名店『ル・スプートニク』の高橋雄二郎シェフをフィーチャーします!
東京・六本木ミッドタウンほど近くの路地を1本入ると、喧騒を離れ静かに住宅地に溶け込む『ル・スプートニク』。店名はロシア語で「同行者、旅の連れ」という意味を持つ。何事も自国の文化に取り入れ、さらに進化させるフランスにあやかり、自分もそうありたいとフランス語の冠詞“ル(le)”を添えた。発酵や熟成、抽出などを探究し、フランス料理の新しい領域に踏み出していく高橋雄二郎シェフは、食業界や美食家の間で常に注目の的である。
「薔薇(ばら)ビーツとフォアグラ」や、「ワカサギとごぼうのフリット」など、フレンチの枠を超えた立体的で華麗なビジュアルに賛辞が集まり、オープン後まもなくミシュランの星も獲得した。予想外の組み合わせやアートフルな盛りつけなど、伝統に新しさを組み入れるフランス料理に挑戦していく姿勢は、即興やひらめき、意外性に満ちている。
「ビーツのひと皿は、ビジュアルから入ったわけではないんですよ。最初、チュイルをミルフィーユ状に重ねてみたのですが、日本では湿気が高いので、カリカリした食感がなくなるんです。どうすべきかと思案し、色がきれいなので薔薇の花びら状にタテに置いて組み立ててみたら、話題にしていただけて。ビーツ料理を目当てに来てくださる方も多く、すっかり店のシグネチャー料理になりました」
どんなに怒られても「好きだから頑張れる」、フランスでも研さんを積み料理長へ
イノベーティブな表現法が生み出されるのは、クラシカルな技術を土台にしてこそ。意外にも、料理人の道に進んだのは大学卒業後とスタートは遅い。年齢的なハンディを意識して、すべてをシェフから直接学べる老舗ビストロを修業の場に選んだ。
「当初は挫折しかないです。ケチョンケチョンに怒られ、“お前みたいなヤツ、料理人やめろ”と何百回も言われたし。それでもやっぱり料理が好きだ、となるんですね。好きだから頑張れる、根本はそこしかない。どんなにつらくても、料理をやめよう、とはなりませんでした」
基本の技術はすべて、最初に入った東京・恵比寿の『ビストロ・ダルブル』で学び、その後、渡仏。シャンゼリゼにあるリュクスな館の三つ星レストラン『ルドワイヤン』、予約難のビストロ『ラミ・ジャン』。加えて、スイーツ好きが高じてパンやお菓子も学び、人気店『メゾンカイザー』『パン・ド・シュクル』でも修業。料理だけでなく、斬新な発想のデザートにも定評がある。
「フランスでの研さんは、応用編でした。ハイレベルな料理を経験できる三つ星レストラン『ルドワイヤン』のクリスチャン・ル・スケールシェフは、弟子に任せて厨房を空ける大御所も多いなか、常に現場に出て各パートの料理を確認。その、料理人としての真摯(しんし)な姿勢に触発されました。
ほかのジャンルの料理も学びたくて飛び込んだ大人気ビストロの『ラミ・ジャン』は、『ルドワイヤン』とは真逆のにぎやかさ。昼も夜も店内にお客様がぎっしり詰まっているほど大盛況の店で、鶏料理のために羽を1日中むしっても、むしっても終わらなくて、腱鞘炎になりました(笑)。さらに、パンやお菓子など新しい分野にも挑戦して、レストランで必要な経験をひととおり積んで帰国し、代官山の『ル・ジュー・ドゥ・ラシエット』の料理長に就任しました」
それぞれの皿の中で緻密な仕事がなされている高橋シェフの料理は、フランスでの多彩な経験のたまもの。素材の組み合わせの妙をはじめ、味はもちろん、食感、温度、香り、ゲストの食べるスピードまで配慮した仕立ては、躍動感あふれる料理のリズムを伝えてくれる。
「フランスのレストランでは、意外にも生春巻や寿司のようなアジア風の料理が出てきたり、思いがけなく自在だったんです。本場を見たことで、凝(こ)り固まっていたフランス料理の概念が崩れた、というか。もともと、パイ包みのような古典料理を作りたいとフランス料理の世界に入ったわけではなく、『料理の鉄人』(料理をテーマにしたフジテレビのバラエティ番組)の出演者や、三國清三さんのようなスターシェフのオリジナリティあふれる料理に憧れていたんです。フランスの発想の豊かさと自由度の高さを肌で感じることができたことで、一気に視野が広がりました」