1才を迎えて訓練の日々がスタート
1才ごろになると、パピーウォーカーの家庭とお別れをします。訓練センターに戻り、盲導犬になるための訓練が始まります。さまざまな訓練を経て、盲導犬に向いているかを判断します。
「訓練は人と犬とのコミュニケーションから始めます。まずは遊びの中で楽しみながら、犬に『Good』という言葉の意味を教えます。人が求めることができたら “Good!(グ〜ッド)”と声をかけ、犬は『Good』と褒められることが楽しいことだと学習していきます。さらに、『Sit(座れ)』『Come(来い)』などの指示語を出し、そのとおりに動いたら『Good』と褒め教えます。厳しい訓練というよりも、毎日コツコツと楽しい作業を通して、盲導犬として大切なことを覚えていくのです」
日本盲導犬協会で教える「指示語」は20語ほど。犬も人も理解しやすいよう、英語を使っています。
「日本語では、『座る』ことを伝える言葉でも、『座れ』や『おすわり』など、人によって言い回しが違ったり方言があったりしますよね。犬は言葉を理解するのではなく、発音で理解しますので、誰もが同じ発音の英語の言葉を使っています」
盲導犬の訓練と聞くと厳しく過酷な訓練をイメージする人も多いのかもしれません。でもこうしてお話を聞くと、たくさん褒められてご機嫌な犬たちの姿が目に浮かんできます。
「指示どおりに行動できたら褒める、できなかったら違うと教えていきます。この繰り返しで、犬は行動を選択していくようになります。例えば、『角で止まる』という作業を教えるなかで、犬は止まらなければ褒めてもらえないわけです。でもちゃんと止まれば、笑顔で『good』と褒めてもらえます。笑顔でなでてもらいながら褒められるのは、犬にとってうれしくて楽しく、いいことだと思うわけです。『角で止まったらいいことが起きる』と、行動と関連づけることで、止まることを『選択』できるようになります」
人間と暮らす家庭犬はもちろん、訓練を受ける犬たちも、楽しいことやうれしいことが大好き。褒められる行動を、ゲームのように選択しながら覚えていきます。
「犬は苦痛なことや嫌なことはやりません。角や段差があったらユーザーに教えられるよう、角や段差の前で止まることをうれしいことやいいこととして選択できるように訓練していくのです」
実際に街に出て、路上を安全に歩く訓練も始まります。取材で伺った日も、訓練に向かう犬を乗せた車が訓練センターを出発していきました。
「新横浜駅などの近隣の駅周辺などで、段差や角を教える訓練や障害物を回避する訓練を行います。段差といっても、3センチのものもあれば5センチの段差もあります。場所を変えてさまざまなパターンを教えていきます。訓練中は、どんなユーザーのもとに行くかはわかりません。訓練のなかであらゆるパターンを試しながら盲導犬に仕上げていきます」
盲導犬の試験(評価)は3回あり、合格するのは訓練を受けた犬の約3〜4割。すべての犬が盲導犬になれるわけではありません。
「残りの6〜7割は、盲導犬ではない道へ進みます。ほとんどはキャリアチェンジ犬として飼育ボランティアの家庭に譲渡され、家族の一員として迎えてもらいます」
盲導犬に向いていると判断された犬は、パートナーとの共同訓練に進みます。
いよいよ盲導犬として独り立ちへ
共同訓練は、ユーザーとなる目の見えない人や見えにくい人と盲導犬が、一緒に生活を始める前に行う研修のこと。ユーザーは訓練センターに泊まり込み、盲導犬との歩行や生活を学びます。
「初めて盲導犬を持つ方は、訓練センターに2〜3週間宿泊し、合宿という形で盲導犬と生活をともにしていただきます。2頭目、3頭目の代替えの方でも、1週間ほど泊まり込みの訓練があります。その後、盲導犬は訓練センターからユーザーの自宅へ移ります。訓練士が出向いて、自宅周辺や歩くルートを一緒に確認していきます」
すべての研修が終わると、いよいよ盲導犬とユーザーだけの生活がスタートします。まさに盲導犬の独り立ちですが、盲導犬協会は「育てて終わり」ではありません。訓練士は定期的にユーザーと連絡を取り、1年に1度は全ユーザーのもとを訪れて安全な歩行をサポートしています。
「犬は“上書き”で学習する動物です。普段の生活の中で少し違ったことを覚えてしまうと、前の学習を忘れてしまいます。そんなときは訓練士が再度教えることで、新しい学習を上書きし、修正することができます」