I remenber everything

 本作のラストは、ひと夏の経験を経て冬を迎えたエリオが、自宅の暖炉の前でさめざめと涙する姿が3分30秒にわたり長回しされたカットで締めくくられる。エリオを演じるティモシー・シャラメが演技に集中できるようにするため定点カメラを用いたこのシーンでは、彼の胸に迫る表情をフルサイズで映している。観客は彼がひと夏に享受した経験、そしてその喪失はすぐに癒えるものではないことを知る

 また、このシーンの手前でエリオはオリヴァーと電話をするが、このとき彼がすでに女性と結婚していることを知らされる。その決断からは「ゲイということを隠して生きる」すなわち”クローゼット”であるオリヴァーの、胸の内に潜んでいた苦渋の思いも垣間見ることができる。

 このとき「I remenber everything.」とオリヴァー演じるアーミー・ハマーは発しており、直訳すると「何もかもを覚えている」となる。しかし字幕では「何ひとつ忘れない」というニュアンスに換えることによって、元の台詞よりさらにエモーショナルな響きを持たせることに成功している。心から愛した相手と別れを告げ、未来を生きる決意をしたオリヴァーの切なる胸の内を見事に表現した名訳といえるだろう。

 蜜月の終わりを迎えたふたりの痛ましくも繊細な姿は、恋とは時たま、自分の半身のような存在になりうること。えもいわれぬ複雑な胸中から成り立つこと。また喪失や記憶といったものが人にもたらすものの大きさを、私たちに問いかけてくれる。

 オリヴァーと別れたあとのエリオを、マイケル・スタールバーグ演じる父親が優しく諭す。

「今はまだひたすら悲しく、苦しいだろう。だがその痛みを葬るな。感じた喜びも忘れずに」

エリオの父親(左) (c)Frenesy, La Cinefacture

 父は以前自分もエリオと同じような恋にまつわる経験をしたことを彼に明かし、そのうえで、傷心しているエリオに優しく言葉を投げかける。この台詞は原作小説にも登場し、本作の中でも屈指の名セリフとして観客の印象に残るフレーズだ。

 本作はホモフォビア(同性愛嫌悪)なキャラクターを登場させず、ただ心から互いを愛するふたりとそれをまた別の愛情として見守る周囲の人々を描くことに徹底している。だからこそ「ひとつの愛の形を洞察することによって得られる学び」を、美しい映像から、そして登場人物の心の動きから観客に投げかけることができるのだと感じる。