──「なっちゃった」とはどういうことでしょう。

今でも、当時の自分に日本一の実力があったのか疑問なんですよ

──どういうことですか?

「まず出演について、面接の際に大阪の放送局から来たスタッフさんの前でマジックを披露したんですよね。そうしたら“君おもろいやん! 本番でもできるのそれ?”って、気に入ってくれたんですよ。それで出演できることになったんです」

──なるほど。奇術部には入れなかったけど、マジックやっていてよかったですね(笑)。

「そうなんですよね(笑)。だからまず出演できたのはクイズの力だけじゃないんですよ。

 それで本番を迎えるんですけど『アタック25』って正答したらパネルを獲得できて、オセロ形式で相手のパネルをひっくり返すシステムじゃないですか。だから“正解することじゃなくてパネルを獲ること”が正義なわけですよ

 だから実は答えはわかっていたけど、答えずにスルーした問題が2問あるんですよ。要するに、“ここは相手に獲ってもらったほうが、オセロ的には優勢になる”という盤面があったんですね。もともと僕はオセロが得意だったんで、クイズというより、オセロで勝ったという実感がありました」

──結果的にはアタック25をハックした結果、勝てたという意識があったわけですね。

「そうなんですよ。でも優勝した手前“日本一クイズが強い高校生”として見られる可能性もあるわけじゃないですか。僕より強い人もいるのに。だからその後はもうめちゃめちゃクイズに打ち込みましたね。当時はかなり焦ってました

 今まではクイズの正解だけ覚えていたんですが、ここから前振りの内容も全部記憶するようになりました。教科書や問題集も1問ずつ隅々(すみずみ)まで記憶するようになりましたね。

 何か学習するときにいろんな本をつまみ食いで読む人も多いと思いますが、1冊の教科書を細かく記憶するほうが確実に知識になるんですよ。僕もこの時期にクイズに答えるスキルが飛躍的に高まった実感がありましたね」

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※後編では大学三連覇からクイズ法人カプリティオ設立までの半生。また「クイズは自分ではなく周りに楽しんでもらうためにあるもの」という思いを伺う。

(取材・文/ジュウ・ショ、編集/FM中西)