僕は労働が大嫌いだ。

 折角この素晴らしい世界に生まれ落ちた人間という生き物が「“労”をいとわず”働”く」という半ば強制的な宿命を背負わされている事が納得できない。

 大学生の時はできるだけアルバイトを避けて生きてきた。大学生のアルバイトは全て例外なく不当労働である。18歳から22歳という時期は何者にでもなれるし何でも挑戦できる、いわば黄金の時間だ。そんな何にも代え難い貴重な時間を、1時間1000円ちょっとで買い取られるのはおよそフェアとは言えない。フェアトレードの重要性が叫ばれる昨今、何と悪しき風習がこの先進国日本に残っているのであろうかと、パチンコを打ちながらよく考えていた。

 就職という行為も忌み嫌っていた。就職とは何とも虚しい契約である。どれだけ身を粉にして働いても、月にもらえる額は一定だ。企業の立場から考えてみると、月額定額料を払えば1か月その人間を使い放題という契約、いわば「人間パケ放題」である。なんて非人道的な語感だろう。雇用主は定額で使用されるデータの気持ちを考えた事があるのだろうか。どれだけいいアイデアを出しても、どれだけ個の能力を発揮しても、データの様に画一的に扱われる。そんな存在にはどうしてもなりたくなかった。

 大学生の頃は半ば詭弁とも取れるそんな持論を本気で熱弁していた僕だが、人生で一度だけ就職したことがある。両親や知人の「仕事に就いてみなければわからないこともある」というアドバイスを受けてのやむ無しの決断だったが、結果としてそれが最大数の不幸を起こしてしまう大惨事になった。今回はその時の関係者に謝りたいのと同時に、働くという行為が不得手な人間もいるという事実を世の中に周知したい。

 もう10年以上も前のことになるが、僕が就職したのはラジオ制作会社だった。ADとして東京のラジオ局に行って音声を収録し、編集して納品するという仕事だ。「労働がどうせ地獄なら、せめて毎日笑っていられる場所にいたい」という考えからこの職種を選んだ。AMラジオから流れてくる様な深夜のお笑い芸人の小気味のいいトークを聞いていられるならば、虚しい労働の気分を少しは紛らわす事ができるかもしれないと思ったからである。面白トークを繰り広げる芸人の横で爆笑しながら指示を出している自分の姿を一瞬だけ想像する事で、心が軽くなったのを覚えている。

 ところが、僕は何を間違ったかFMラジオを制作する会社に就職してしまった。喋っているのは人気絶頂のお笑い芸人ではなく、中途半端なモデルやアナウンサーで、喋る内容は主婦や高齢者を意識した当たり障りのないお昼のトークであった。そんな誰も傷つけないスタイルの丸いトークに当時の僕が笑える筈もなかったが、一応向こうも笑いを取ることは意識しているらしく、収録中は「スタッフが笑わねぇと演者の機嫌が悪くなんだろ!」とディレクターに殺されそうになるので無理矢理笑いを捻り出さなければいけなかった。

 深夜の芸人ラジオで腹の底から笑って楽しく仕事をする筈が、半端なモデルのぬるま湯トークに死んだ目で愛想笑いをする羽目になり、ただでさえ低い僕の仕事モチベーションは著しく低下していた。

 そんな激低モチベーションでは仕事に支障が出ないはずもない。僕は「どうせ人間パケ放題ならできるだけ低速なデータを提供してやろう」と、いかに仕事をサボるか工夫を凝らし始めた。そして、僕のこの負の努力が大惨事を招いたのである。

 僕たち下っ端ADは担当する番組から無数に湧き出てくるプレゼントの発送に日夜追われていた。寝不足でヘロヘロになりながら生放送をこなし、全員が帰った後も居残りで住所や名前を書き写し梱包する作業は苦行そのものである。絶賛低速データ送信中の僕は、いかにこのプレゼント発送作業を楽にこなすかばかり考えていた。

 たどり着いた僕の結論は「発送はできるだけまとめて行うことにしよう」であった。発送作業は番組終了後すぐ行うようにと怖いプロデューサーから度々言われていたが、疲弊した体と頭では一切やる気が起きなかった。それに、そのような状態ではミスも増える。効率的かつ低速で仕事をこなす為には、できるだけプレゼントを貯めて一気に放出する方法が最善に思われた。

 それから1か月が経ち、発送作業を行わないと殺されるギリギリまでプレゼントを抱えたところで作業に取り掛かった。

 ところが、目の前にあるのは尋常ではない量のプレゼントであった。夥しい量に眩暈がしてくる。とてもじゃないが一度で発送できる量ではない。

 そこで僕は、今日のところは一日分だけ発送を行うことにした。一気に発送作業を行うと一つ一つの作業が雑になってしまってミスも増える。キチンと仕事をこなす為の工夫である。この方法では常にプレゼントの在庫を抱えてしまうことになるが、調子のいい日に二日分送ったりすればその心配はない。だけど今日は特別に疲れている日だから一日分頑張って作業しよう。

 だがそんな事をしているうちに、どういう訳か送らなければいけないプレゼントは日増しに増えていった。プレゼントを保管する倉庫はパンパンになり、何を送って何を送っていないか、どれが古いものなのか新しいものなのか、一切判別不可能なパニック状態に陥っていた。

 そんなある日、先輩ディレクターからある言葉をかけられた。

「お前、温泉旅行の一日券ちゃんと送ったよな?」 

 以前、僕がADをやっていたある番組で視聴者プレゼント企画が行われた。当選者一名に温泉旅行券をプレゼントするという内容で、豪華な商品に応募は殺到した。番組終了と共に当選者が発表され、その商品の発送は僕に一任された。

「はい! 即日発送させていただきました!」

 正直言うと発送した記憶など皆無だったが、送っていない事がバレると死ぬほど面倒だし、それに無意識下の僕が送っているというファインプレーの可能性もある。

「あれスポンサーから提供されたやつだから送ってないなんて事があったら大問題だからな」

 先輩からの言葉に嫌な汗が流れる。

 頼むぞ過去の俺。頼むから送っててくれ。慌てて保管庫に行き大量のプレゼントを掻き分けると、そこには埃まみれになった温泉旅行券がペラリと床に張り付いていた。激しい眩暈がした。調べると当選から一ヶ月以上経ったものだった。過去の俺には心底ガッカリである。

 朦朧とした意識と大量の脂汗の中、僕は打開策を考えた。リスナーにプレゼントがきちんと届き、且つ僕の責任ではなくなる方法を必死に模索する。

 僕はまずその旅行券を丁寧に梱包し、床に落ちていた埃を拾い必死で擦り付けた。そしてそれを先輩のところへ持っていき、

「即日発送したのですが、発送ボックスの傍に落ちてしまっていて、上手く回収されていませんでした!」

 と報告した。

 僕は為すべきことを為したが、軽微なミスと行き違いで残念ながら発送されていなかったという体裁である。これならば僕への叱責は最小限だし「ミスをしたのは本田」という形は維持されているので怒りのストレスを本人にぶつけることもできる。最悪の事態の中での最善の手に思えた。

「そっかそっか! それなら仕方ないな。次から気をつけろよ」

 そんな言葉がかけられるはずもなく、結果この事件は局の重要会議が開かれる程の大問題になった。僕の小手先の偽装工作は一発で見抜かれ、それから一週間はスーツを着て各方面への謝罪回りをすることになった。

 当時の番組関係者やプレゼント当選者、ラジオ局の関係者全員に謝りたい。ごめんなさい。プレゼントを溜め込んでしまって。一つ提案があるのですが、とても大事な作業なので、外部委託するのはどうでしょうか。その方が効率的だしミスがなくなると思うのですが。

(文/わるい本田、編集/福アニー)

【Profile】
●わるい本田
1989年生まれ。YouTubeチャンネル「おませちゃんブラザーズ」の出演と編集を担当。早稲田大学を三留し中退、その後ラジオの放送作家になるも放送事故を連発し退社し、今に至る。誰にも怒られない生き方を探して奔走中。