“空気が読めすぎる”ふたりが、互いの幸せを願う『舞いあがれ!』

 一方、『舞いあがれ!』の舞と貴司の恋もふたりに負けないほどゆっくり進んでいきました。ふたりはもともと小学校では同じクラス、家も隣同士の幼なじみ。だけど舞は子どものころ、原因不明の熱に悩まされており、学校を休みがちでした。熱が頻繁に出るようになったきっかけは、運動会のリレーで転倒したこと。失敗体験に「母親に心配をかけたくない」という思いが重なり、自分の意志をうまく伝えることができなくなった舞。そのストレスが熱の原因になっていたんです

 かたや貴司はクラスの人気者だったけれど、彼も彼で周りに合わせてばかりの自分にどこか違和感を抱いていました。ふたりとも空気が“読めすぎる”がゆえに、身動きが取れない幼少期を過ごしていたわけです。

 だけど、舞は空に、貴司は言葉に心を奪われ、少しずつ自分の気持ちを解放できるようになった。その過程で物理的な距離が離れることはあっても、ふたりは貴司が舞に送った「君が行く 新たな道を照らすよう 千億の星に 頼んでおいた」という短歌のように互いの幸せを願ってきたんです。なんと尊い……!

 でも、幼なじみとの恋には今の関係をいったん壊すという作業がつきもの。その勇気がなかなか出ずにいたふたりの関係をいい感じにかき乱してくれたのが、舞の恋のライバル・史子(八木莉可子)です。史子は自身も歌人であり、貴司の大ファン。貴司がつくる短歌に浮かぶ孤独に共鳴した史子は、その孤独を癒せるのは互い(史子と貴司)しかいないと思い始めます。

 だけど、貴司は自分の気持ちが相手に伝わらなくて寂しいと思うときはあれど、孤独ではなかったんです。なぜなら、自分の気持ちを知ろうとしてくれた舞がいたから。そしてまた、貴司も舞の気持ちを知ろうとしてきた。好きなことや進む道が違っても、たとえ遠く離れていても、理解したいと思える人がいる、理解しようとしてくれる人がいる。その事実は人を孤独から救ってくれるんですね。

 そんなかけがえのない存在に改めて気づいたふたりはようやく結ばれました。貴司がそのときの気持ちを歌った「目を凝らす 見えない星を見るように 一生かけて君を知りたい」という短歌は、『おかえりモネ』の菅波の台詞と同じくらい美しい愛の告白だと思います。

 私たちはみんな違う人間。その孤独を「わからないけど、わかりたい」という真心で癒し合う。そんなガラス細工のように繊細な関係に、私たちは心惹(ひ)かれるのかもしれません。

(文/苫とり子、編集/FM中西)