世の中は努力だけではうまくいかないと痛感
──完璧主義だから、なおさらでしょうか?
そうですね。完璧主義の私がいろいろな勉強を一生懸命やってきたのは、どれもスムーズにできなかったからです。「なんでも一発でできた」とか「できなかったけど、周りは盛り上がったしいいや」と感じた経験がなかったので頑張っていました。
──完璧主義な自分をどのようにして受け入れるようになっていったのですか?
受け入れるというよりも、仕方がないから飲み込んだという感じです。
『ミューズの真髄』の作中にもありますが、感受性が豊かで絵を描くことだけが楽しいという友人を見ていると、やはり、その子が描く絵にもにじみ出てくるものがあって。例えば、写実的にデッサンすることは得意だったので、私のほうがうまいかもしれないけど、それが絵になるとあの子のほうが圧倒的に素晴らしいと、よく感じていました。
ただ、このことを言葉にすると、その現実がのしかかってくる気がして、思っていても言えない状態だったのですが、3回目の東京藝大受験に失敗して稼がないと生活できなくなったとき、完璧主義の自分をぐっと飲み込みました。
挫折した経験が漫画家としてのやりがいに
──東京藝術大学は日本で唯一の国立芸術大学で、十浪も珍しくない、ある意味、東大より難しい大学です。完璧主義だからこそ、自分に厳しかったのですね。
美術に限らず、子どものころから失敗続きで、うまくいっていないなと感じることがたくさんありましたね。
ただ、私と似た境遇の方から「こないだ二浪が決まりました。でも主人公に共感しながら頑張ります」と言っていただいたとき、「一生懸命描かないと」と、とても励まされました。
私が味わった挫折やコンプレックスは、私が描く人物たちや読者さんの中にもあって、「失敗した経験は無駄じゃなかった」と今は思えています。
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目指していた道が閉ざされたり、うまくいかないことが続いたりすると心が折れてしまう人もいる中で、新たな道を切り開き、コンプレックスも力に変えつつある文野さん。その生き方、そしてその経験をもとに描いた漫画に背中を押してもらえる方も多いことでしょう。インタビュー第2弾では、『ミューズの真髄』に込めた思いについて、さらに深く語っていただきます。
(取材・文/若林理央)
【PROFILE】
文野紋(ふみの・あや) ◎漫画家。1996年生まれ。2020年、読み切り『君の曖昧』が『月刊!スピリッツ』(小学館)に掲載され商業誌デビュー。'21年1月にはデビューから約1年という、新人としては異例のスピードで短編集『呪いと性春 文野紋短編集』(小学館)を上梓する。同年9月、『月刊コミックビーム』(KADOKAWA)で『ミューズの真髄』を連載開始し、'23年3月10日、最終巻が発売に。