父母の板挟みになって子どもが不利益を被ることも

 昨年11月16日、3歳の娘が肺の動脈弁をバルーンで拡張する手術を受ける際に説明や同意がなかったことに精神的苦痛を覚えたとして、別居中の父親が滋賀医科大を相手取り、慰謝料を求めた裁判で、大津地裁は同医大に5万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

 毎日新聞によれば、父親は大津家裁によって面会を禁じられている状態にあり、母親は病院にもその旨を伝えていた。父親は、婚姻中は共同親権にあるという法律を盾に、自分の権利を主張したのだ。父親にとっては、娘の命を救ってくれたことへの感謝よりも、親としての権利のほうが大切だったようだ。

 このように、離婚後に共同親権になれば、「なぜ自分に通知しないのか」などと親権を持つ別居親から主張され、学校や病院が難しい対応を迫られるケースが出てきそうだ。

 元夫婦は転居や進路、歯列矯正などの重要決定事項を離婚後も話し合って決めることが必要になる。話し合いで決まらなければ、裁判所で決めることになるが、その板挟みになるのは子どもだ。進学先の決定や手術の同意などスピーディーに決めなければならないとき、一方の親が反対すれば、子どもは不利益を被りかねない。

 養育費を払わない別居親は8割近くいると言われている。わが子が生活に困る心配よりも、「自分の金を元配偶者にいいように使われたくない」という思いのほうが強いようだ。

 共同親権というのは、「子どもは親が大好き」で、「父母とも良識ある大人」という条件下においては理想的な制度かもしれない。しかし、現実にはそうとは言い切れない事例が一定数存在する。しかも、両親の不協和音が大きく、子どもになかなか会えない別居親たちが共同親権を強く望んでいる。

 中には、「子どもを連れ去られた」と主張して、面会妨害に対する損害賠償請求、裁判官への訴追請求、元配偶者へ未成年略取誘拐罪での刑事告訴などさまざまな申し立てを繰り返す別居親もいる。

 しかし、自分の同居親に厳罰を望むような別居親に子どもは会いたいと思うだろうか。イソップ寓話「北風と太陽」のように、強引に事を進めようとしても相手の心は離れていくだけではないだろうか。

 両親が対立すればするほど子どもは板挟みになり、よけいに傷つく。子どものためを思うのならば、違う努力が必要なのではないだろうか。