0523
「1日1フム」生活。- フムフムニュース -
fumufumu news サイト休止のお知らせ
BOOK

ジェーン・スーとの『OVER THE SUN』も人気の堀井美香、利他精神で歩む母親道とライフワークの朗読「幸せを誰かに分けたら自分もうれしい」

SNSでの感想
堀井美香さん 撮影/松嶋愛
目次
  • 卒母に際して娘が寄せた言葉に感じ入る
  • 朗読には作品に込められたメッセージを伝える使命がある

 50歳でTBSを退社し、翌年2月に初エッセイ集『一旦、退社。 50歳からの独立日記』(大和書房)を刊行したフリーアナウンサーの堀井美香さん。インタビュー前編では、退社を思い立った経緯や執筆について率直な想いを語ってもらった。後編ではプライベートにも焦点を当て、子育てを終えて”卒母“ライフを満喫中の日常やライフワークともいえる朗読イベントに迫る。

卒母に際して娘が寄せた言葉に感じ入る

──エッセイには子育てを終えて母親を“卒業”し、一人の女性や人間に戻った実感も綴られています。

 フリーになったこと自体も、子どもが私の手を離れたことが大きいですよね。土日や深夜も自分の時間って、とても贅沢。何をして過ごすか、自分で決められるわけですから。子育て中は90%くらい子どものことを考えていたのが、現在は10%くらいに圧縮されています(笑)。

──外食を楽しむようになったことも、卒母ライフの一環でしょうか。温かい駅そばにむせび泣く章に共感を寄せる同じ境遇の読者もいらっしゃるのではないか、と思います。ポッドキャスト『OVER THE SUN』でジェーン・スーさんによく叱られているように、たんぱく質を摂らず炭水化物ばかりの食生活も、お子さんが独立したからできることなのかな、と。

 キッチンに立たなくなって久しいですね。大学生の息子はまだ実家住まいですが、バイトや友人とのお付き合いがあって毎食を家でとるわけではないので。母親の私がつくらないと、自分で野菜とか炒めて食べるんですよ。それを「ひと口ちょうだい」と言って、分けてもらったりしています(笑)。あと夫が料理好きになったのも大きいかな。最近は「母は料理しない」というのが定着して、誰も私に期待していません。

《人にとって、食事の意味はいろいろだ。人と人とを繋ぐもの、規則的に栄養をとるためのもの、新しい刺激を見つけるためのもの。

 でも子育てを終えた自分はきっと、食事の意味がわからなくなっていたのだと思う。

 小田急線沿線には「箱根そば」という駅そば店がある。いつも頼むのは、めかぶそば。少し濃いめのつゆとちょうどよい茹で加減の素朴な蕎麦、上にはたっぷりの天かすと半熟の卵、そしてとろとろのめかぶが乗っている。

 今日、そのお蕎麦を食べながら、なぜか泣いた。いや、泣きじゃくった。

 体に染み込んでいくつゆも、丼を包み込む両手も、すべてが温かった。

 アクリル板に挟まれた肩幅くらいの場所は、洞穴(ほらあな)のようで、蕎麦をすする音は自分にだけ響いた。

 最近、気持ちの揺れは確かに激しかったが、ストレスを抱えていたわけでもない。

 ただただ、温かいお蕎麦が美味しくて、泣けたのだ。》

(『一旦、退社。 50歳からの独立日記』より)

──共感したのが、エッセイの中で「一生につくる料理の上限数は決まっている。それをとうに超えているから、料理から離れているいまの自分に罪悪感がない」っていう堀井さんの持論で。

 雨の日も風の日も、一日も休まず料理してましたからね。わりとちゃんとやっていたんですよ。お弁当もつくったし、ハレの日のごちそうも……娘が「友達を家に呼びたい」と言ったらパーティーみたいな料理にも挑戦して。いまはデリバリーやケータリングもあって外注できますけど、当時はそれほど主流ではなかったんですよね。

堀井美香さん 撮影/松嶋愛

──ともすれば「自炊や手づくり至上主義」が幅を利かせがちな母親道において、堀井さんの「料理から離れていることに罪悪感がない」というスタンスは、ライフステージを問わず全母親が抱える「冷凍食品やコンビニ飯、デリバリーで済ませてしまった」という葛藤を楽にしてくれるのではないかと思いました。

 私の場合、娘も息子も手が離れ、自分たちで栄養を摂れるようになったから放っているんですよね。でもまだ手のかかる小さな子どもがいたら「ちゃんと食事させないと」って意識があるから、料理を手放すことはしないと思います。それくらい遊びも余白もなくて、栄養を摂らせることに必死でした。実は冷凍食品すら使わなかったんですよ、罪悪感があって。

 振り返ると子どもそっちのけで料理に没頭していましたね。仕事から帰って、どんなに疲れていてもつくるんです。話しかけられても「ちょっと待って」と制して相手にしないくらい、自分の手でつくることにこだわっていました。でもいま思えば子どもに切ってもらった野菜をお味噌汁に入れるとか、一緒につくれたらよかったかな。料理を子どもと過ごす時間にできるなら、冷凍食品を活用したっていい。いまは時代に合ったやり方で、いくらでも楽しめる環境が整っていると思います。

──堀井さんがやっていらした料理を「義務感」とくくってしまうと乱暴でしょうか?

 どうかなぁ。でも、どう考えても義務感から来る衝動ですよね。苦しかったし、大変でしたよ。最近もね、「お父さんの料理はおいしいけど、お母さんのはないよね」って姉弟二人で盛り上がっていて「お母さんがつくるのはやさしい味わいのひじきやきんぴらばかりだから、お父さんのお好み焼きが楽しみだった」らしいですよ。楽しく思い出してもらえる料理があって、うらやましい限りです(苦笑)。

堀井美香さん 撮影/松嶋愛

──とはいえ娘さんの書かれた「あとがき」を拝読したら、堀井さんの愛情がしっかり伝わっていることがわかりました。こんな風に書いてもらったことを、どのように感じていらっしゃいますか?

 娘が書いてくれたようなポジティブなところだけじゃなくて、泣いたり声を荒げているイヤな面も知っているわけですから、わたし以上にわたしを知っているのが子どもたち。彼らが大人になって、サラサラっとすぐ自分の言葉で形にしてくれたことが何より嬉しかった。

 実は「いつも他人の幸せを願っていました」という一文って、娘が小さかったときに言い聞かせていたことだったんです。「自分だけが楽しいことって、すぐ終わっちゃうよ」って。お菓子をもらっても、独り占めしたらうれしい気持ちは自分一人の中ですぐ過ぎ去ってしまう。でも「誰かに分けて喜んでいる姿を見たら、幸せな気持ちが長続きするでしょう?」「幸せを誰かに分けたら自分もうれしいよね」と。娘が就いた仕事を見てもそうだし、息子の性格的にも、自分が幸せでいることより他者を讃えるタイプ。だからこの一文を見たときに「あ、私が言ったことを覚えていたんだ」と思って、人知れず感じ入ってしまいました。

──最近の『OVER THE SUN』でスーさんとお話しされていることにも通じる気がしました。「他者から奪われないものは、どんどん人に渡していこう」って。利他の心ですね。

読み込み中
LINE Twitter facebook hatena pocket copy