朗読には作品に込められたメッセージを伝える使命がある
──フリーランスになってから堀井さんが精力的に始めた活動のひとつに、朗読会シリーズの「yomibasho」があります。読む本には「どうしたら人として強く優しく生きられるのか」というテーマを選ぶことが多く、エッセイでは「読むことで理想像に近づきたい」とおっしゃっていました。
私はすぐ「どうせ」と卑下するし、理不尽な目に遭っても「すいません黙ってます」と飲み込んでしまう弱い人間。だから「本当の意味で強くて優しいってどういうことなんだろう」と、課題として生涯ずっと考え続けるであろうテーマを題材に選びたいと思いました。本からいろんな人の生き方を読み解き、学んでいけたら。
例えば全仕事の中で2〜3割の時間を一緒に過ごしているジェーン・スーが他人に差し出すのは、うわべだけのすぐ受け取れるような簡単な優しさじゃないんですよね。一見、厳しく見えるようでも結局いちばん優しいのがスーちゃん。彼女のようになれないかもしれないけど、そういうエッセンスを吸収して少しでも近づき、自分にできることを追求していきたいです。
──堀井さんなりの「強くて優しい」を実現できる手段として「朗読」があるのでしょうか?
朗読で社会を変えることは難しいし効果的なやり方でないと思うんですが……私ができることのひとつ、なのかな。たとえば小林多喜二の母が息子について回想する三浦綾子さんの小説『母』には、すごくメッセージ性があって。朗読するなら、作品に込められたメッセージを伝えていく使命があると思っています。
──母セキが多喜二について秋田弁で回想する三浦綾子さんの『母』とは、思いがけない出逢いでしたよね。堀井さんの故郷・秋田と追求したいテーマが重なって。
本当に! ああいうことが起こると、もう勝手に思い込んじゃいますよね。神様の思し召しじゃないですけど、「私に何か伝えているんじゃないの?」って。
──そういう本を、どうやって探していらっしゃるんですか?
図書館に通って、いろんな小説を開いてみるんです。好きな文体や目に止まる表現があったら、じっくり読み込んで。これまで藤沢周平が書くような、耐え忍ぶ女性が主人公の作品を好んで手に取っていたんですが、強く生きる女性が登場する作品に惹(ひ)かれるようになりました。多喜二の母セキさんは、そういう女性像とは異なるんですけどね。
──「ジャイアンリサイタルの延長線上」「自分のためにやっている」とおっしゃるライフワークの朗読を、他者にひらく機会も増えてきました。イベント開催を通じて得た収穫は何ですか?
ツイッターやお手紙で反響をいただくと「そういう時代があったことを初めて知りました」とか「秋田に小林多喜二がいて、あんな風に暮らしていたんですね」とおっしゃる方が多くて。朗読を通じて作品の世界に触れてくださったことがうれしいです。
──エッセイで「言葉にキャラクターの気持ちを乗せる大切さがわかってきた」とおっしゃっていました。ずばり、俳優業に挑戦するお気持ちは?
(即答して)ないですね。いま俳優さんが数多くいらっしゃる事務所に所属しているので、いろんな方とお話しする機会があるんですが……あの方々たちは身体にセリフを入れ込むし、自分自身が役になってしまいますよね。朗読劇の舞台に役者さんと立たせてもらう中で、身体の使い方がまるで違うことがよくわかりました。言葉より、目線や表情や動きを優先していらっしゃるのかな、って。
一方で私がずっとやってきたのは、文字をわかりやすく人に伝えること。キャラクターの心情を理解して表現しますけど、私自身が役になりきるわけではないんです。
──堀井さんは堀井さんのまま、朗読していらっしゃるんですね。
そうそう!
──生き物として異なることがよくわかりました。亡くなった野際陽子さんのようにアナウンサー出身の俳優がいらっしゃるので、堀井さんもそういった方面に興味あるのかな、と思ってお聞きしました。
事務所のスタッフから「最初はドラマで死人の役からどうでしょう」と言われていますが(笑)。それよりまず、8月26日に開催する秋田での朗読会を成功させないと! 同じ日の夜に打ち上がる大曲の花火に負けないように、新劇場ミルハスの800席を地道に埋めていきたいですね(笑)。
(取材・文/岡山朋代、編集/福アニー、撮影/松嶋愛)
【Information】
●書籍『一旦、退社。 50歳からの独立日記』(堀井美香著、大和書房刊)
50歳でTBSを退社した著者が見本も模範もないフリーの世界に出た1年を綴った日記。新しい仕事、卒母、服装、美容まで赤裸々に!