「授業中、常に誰かが濡れている」知られざる海洋学部の日常

──動物愛、思い切って飛び込む力、空いているポジションを見極める力をここまで伺って、「すべて沼口さんのお仕事につながっているなぁ」と思いました。

「そういわれると、確かにそうですね」

──サメとは大学で出会うんですか?

「はい。生き物が好きだったので静岡県の東海大学・海洋学部に進学しました。そこで『水族応用生態研究会』という、もう魚が好きな人の中でも特にオタクしか集まらないようなサークルに入りまして……(笑)

──(笑)。

「海洋生物を素潜りで獲り、自宅で飼育して学園祭で水槽・標本展示するのが主な活動なので、毎日のように素潜りをして“何が獲れたの?”と成果を見せ合っては盛り上がってましたね。早朝に海に行くと、一限の授業までに着替えが間に合わなかったりして、"授業のとき常に誰かが濡れてる"のが日常の風景でした

 それまで生き物を観察する楽しさをほとんど共有できなかったんですが、サークルには私と同じような人がたくさんいた。それがすごく心地よかったんですよ。

 私の部屋も8畳にベッドと水槽が10本ある感じでした。でもサメなど大きな魚を採集したときは水槽に入らない……だから浴槽を使うんです。“サメを飼っていて、お風呂に入れない”という人が普通にいたり。みんな生活より魚を優先するくらいな仲間たちでした」

──すごい世界だ……。もう全員が魚に夢中なんですね。

「すごく楽しかったですね。そんななか卒論のテーマを考える時期が来るんです。1年という限られた期間なので、どの魚を研究するかが非常に重要になってきます。サンプリングしやすいとデータを集めやすいので、個体数が多くて、比較的小型の魚種をテーマにする同級生が多かったです。 

 でも私は魅力を感じなくて、もっと大きい生物を研究対象にしたかったんです。初めはクジラのストランディング(※)にも興味が湧いたんですが、1998年当時“女性は足手まといになる”という理由で、捕鯨船にすら乗せてもらえなかったんですよ」

※何らかの理由でクジラが座礁したり浜に漂着してしまう現象。

──なるほど……。いま考えると、古い感覚ですね。

「そう。それでクジラは諦めて、テーマ選びに迷っていた大学3年のときに、小笠原諸島の『父島』に行く機会があったんですね。

 そこで潜ったときにシロワニというサメが、2メートルくらいの距離まで来たんですよ。自分の身体より大きなサメに初めて出会ったこともあって、すごく感動したんです。それで“サメを研究したい”と思いましたね」

──そこで「やろう」と前向きに思えるのがすごい。普通は「怖い」が勝っちゃいますもん。

恐怖よりも好奇心のほうが勝ったんです。小笠原のサメの研究は進んでいなかったので、これだ! と思いました。

 何より現地でサメを研究する学生が他にいなかったので“ひとりでやれる”というのもよかったかもしれません

──幼少期に得た"ひとり遊びを楽しめる能力"が発揮されたわけですね。

◇  ◇  ◇

 後編では、絶滅の危機に瀕しつつも研究がなかなか進まないサメの現在地を聞いた。

(取材・文/ジュウ・ショ、編集/FM中西)