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舞台『刀剣乱舞』『鬼滅の刃』劇作家・末満健一がTRUMP最新作『LILIUM』に投影する死生観「毎晩死ぬシミュレーションをしている」

SNSでの感想
末満健一さん 撮影/有馬貴子
目次
  • 50歳を区切りに完結させようと決めた
  • 『火の鳥』都市伝説のラストシーンに憧れた

 劇作家・末満健一さんの『TRUMPシリーズ』は、何千年もの時間の中で繰り広げられる、ヴァンパイア(劇中では『ヴァンプ』と呼ぶ)の物語。思春期の若く美しいヴァンプが織りなすストーリーが多くのファンを惹(ひ)きつけてきた。同時に、各作品の物語からは、生と死をめぐる壮大なバックグラウンドも見えてきて、ファンの考察を掻(か)き立てる。後編では、シリーズの背景にある末満さんの死生観を聞いた。

(インタビュー前編の記事はこちら→劇作家・末満健一はなぜヴァンパイアを描いたのか? 寂しかった少年時代とTRUMPシリーズがライフワークになるまで

◇   ◇   ◇

──TRUMPシリーズの吸血種には、思春期にあたる「繭期」があって、精神的に不安定になっていく設定があります。そのため、彼らは繭期になると「クラン」という学園のような収容施設に隔離されて暮らしています。初演作からある『TRUMP』のドラマに不可欠なキーワードですが、人の思春期や青春に対する末満さんの考えも反映されているのでしょうか。

(前編で)初めにお話ししたとおり、僕は中高時代の記憶がほとんどないくらいドライな思春期を過ごしていて、友達はひとりもいませんでした。かつ、大人になって省みると思春期ってなんでこんなことを考えてたんだろう、どうしてこんなことを言ってしまったんだろう、という苦い経験は僕も含めて誰かしらあると思います。

 そういった、思春期特有のアンコントローラブルな感情を題材にしたいと考え、『TRUMP』や『LILIUM』では吸血種の年齢設定を少年少女にしました。

──『TRUMP』からしてクランという吸血種の学園を舞台にし、今回上演の『LILIUM-新約少女純潔歌劇-』でもやはり少女たちが隔離されて暮らすサナトリウムが舞台ですね。

 僕自身が友人や親友といった類のものを得たことがない人生を送ってきたので、劇中の彼らの濃密な関係もすべて想像なんです。親友との友情や隣人との友愛、そういったものを知らない僕にとっては、宇宙の果てを想像することと同義なんです。自分では確かめようがないことなので、実体験をもとにして書くことはできない。すべては想像力から捻(ひね)り出さなくてはなりません。

  『TRUMP』でも『LILIUM』でも、そこに流れる感情は僕の体験したものを手がかりにしたものではなく、すべて想像力から生まれたものです。だからファンタジーという題材を好んで扱うのかもしれませんね。

 ただ、『TRUMP』に登場するクラウスや『LILIUM』のファルスは僕の分身的なキャラクターだと思っています。普段、僕が常に考えていることを拡大解釈してキャラクターに落とし込んでいる。だからクラウスやファルスにはとても感情移入しながら脚本を書いていますね。

──もうひとつ、生と死もTRUMPのキーワードではないでしょうか。吸血種の中にはその祖になった不死の存在(TRUE OF VAMP、略してTRUMP)がいるという伝説があって、何千年もの時代を行き来しながらそれぞれの舞台が展開されてきました。

 あまり青春らしい経験をしてこなくて、このまま寂しい人生を送って死ぬのかなと思っていた僕が、惑星ピスタチオの作品と出合った衝撃のままに人生を賭けて打ち込んできたのが演劇なんです。無宗教者で無神論者の僕は、信仰によっての救いが望めないので、生きることと死ぬことと向き合うための手段が演劇だったのかもしれません。もう長い間、生と死の物語と向き合い続け、自分なりの死生観というのもずいぶん変容していきました。もう僕は、いつ死んでもいい覚悟ができてるんです。

──どういうことでしょう?

 高校時代から不眠症であり睡眠恐怖症で、寝たらこのまま目が覚めないかもしれない、という想念を強烈に抱いています。そんな生活を何十年もしながら演劇では生死にまつわる話ばかりをしていると、ある種の達観というか諦観にたどり着いたんです。もう自分のやるべきことはここにはない。だから今死のうと何十年後かに死のうと、結局は同じことだと。最近は「もう死にたい」が口癖になってしまっていますね。まぁ、ただの鬱(うつ)なのかもしれませんけど。

 いかなる人間にとっても死はとても間近です。今すぐ死ねる心の準備を常にしているし、明日生きている自信はありません。だから毎日寝る前も、このまま目を覚まさずに死ぬかも、と夜毎思っていて、僕にとって眠ることは死のシミュレーションなんです。だからある意味で僕は毎晩、死を経験している。目を閉じたら“さよなら、世界”と、家族とこの世に心の中で別れを告げてから布団に潜り込むみます。翌朝、起きると不思議な気分がします。ここは現実なのか、と。

 僕は最終的には死ねてよかったと思いたい。だからTRUMPシリーズでは不老不死者という存在を通して、永遠に生き続ける者が至る境地とおぞましさを知りたいと考えてTRUMPシリーズの脚本にも投影してきました。TRUMPシリーズそのものが、キューブラー・ロス(※)の死の受容過程のような役割を帯びることができればいいですね。

※アメリカの精神科医。著書『死ぬ瞬間』で、死にゆく人の心理的なプロセスは否認・怒り・取引・抑うつ・受容の5段階に分けられると論じた。

 宗教家なら、現世での使命とか死後の救済とか、生と死について解を提示できますけど、僕は宗教家ではないので、僕なりに現世のストレスや死に対峙(たいじ)して見い出したその時々の考えを作品にしていきたいんです。

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