ブルースはある種の「鳥獣戯画」!? 動物がとにかくたくさん登場
──読んでまず衝撃だったのは、ブルースと日本の「鳥獣戯画」(動物たちが擬人化され、相撲や遊び、宴会を繰り広げる絵巻物)を合わせて考察していることです。ブルースでは動物がよく歌われるそうで、そのなかでも鯰(なまず)には「自由」が、害虫には「忍耐」が、蜘蛛(くも)には「淫欲」が象徴されていることなどを論じています。
「この章がいちばん、反響が大きかったですね。ブルースは肉体労働をする人々が、安酒場に行って安い酒を飲んで、その感情を歌うという世界。家の中でダラダラ本を読んでいる私とは、もっとも縁が遠いんですけれど(笑)。でも歌詞のなかに動物がたくさん出てくることに気づいてしまった瞬間に、もう居ても立ってもいられなくなって。ゲームボーイのポケモンに夢中だった少年マモルが、ブルースの中にファンタスティックなポケモン世界を発見してしまった! みたいな感じで。ポケモン・ブルースですね(笑)」
──ブルースと動物には密接な関係があるんですね。
「とにかく動物が山ほど出てきて、本当に変な世界だと思ったんですよ。これはパースペクティブ(遠近感)を変えてしまえば、ある種の鳥獣戯画としてとらえられる。“ファンタスティック”の世界をこじ開けられると思ったんですよね。
ブルースは基本的に米国南部のカントリー音楽なので、人々の生活圏の中に普段から動物や虫がいて、親しみのある存在だったのでしょう。ブルースの名門レコード会社にも、『アリゲーター・レコード』や『ブルーバード・レコード』など、動物の名前がついたものが複数あるんです。
よく調べてみれば、20世紀の初頭には、黒人の赤ん坊をワニの餌(えさ)にしているような最低なポストカードがおみやげ屋で売られていたんです。だからアリゲーター・レコードというのは、黒人のカリカチュア(風刺、寓意、ユーモアを含んだ絵画・記述などの総称、もしくはその表現手法)の歴史を踏まえたうえで、それを転倒させている、とファンタスティックに妄想することもできる。動物の負の歴史も知っておかないと、ブルースの深さはわからないと思いました」
一風変わった肩書きを持つハリー・スミスのアルバムがヒントに
──しかし、それを鳥獣戯画と合わせるとは唯一無二ですよね。
「前衛的な音楽出版社であるカンパニー社から出た『ハリー・スミスは語る』という、すごく変な本があります。ハリー・スミスは魔術師で錬金術師で、イースター・エッグや紙飛行機の蒐集家で、パティ・スミスやアレン・ギンズバーグの友達だった人。チェルシー・ホテルの一室を本だらけの住処(すみか)にしていました。まあアメリカの南方熊楠、平賀源内といったところでしょうか。
そんな変人が1952年に『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』という音楽アルバムを作ります。これは炭鉱夫や農夫などが作ったカントリー、フォーク、ブルースなどを集めたアンソロジーです。しかしそのジャケット写真は、ルネサンス時代のロバート・フラッドという魔術師の著作からの引用なんですよ。
アメリカの鄙(ひな)びた音楽を集めて、なぜそんな表紙なんだ! と。わけがわからないでしょう。でもこのアンソロジーは、ボブ・ディランなどの有名ミュージシャンにも大きな影響を与え、アメリカの音楽史において重要な作品だったわけです。そんなハリー・スミスがヒントになった。全然いけるわ、ブルースと魔術は一緒になるわ! と感じたんです」
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めくるめく黒人音楽の世界を論じる後藤さんの視点は、まさに“ファンタスティック”! インタビュー第2弾では、ジャズやヒップホップについて深掘りしてもらいつつ、後藤さんご自身が大事にしていることなどにも迫ります。
(取材・文/篠原諄也)
【PROFILE】
後藤護(ごとう・まもる) ◎暗黒批評家、映画・音楽ライター、翻訳家。1988年山形県生まれ。著書に『黒人音楽史―奇想の宇宙』(中央公論新社、2022年)、『ゴシック・カルチャー入門』(P-VINE、2019年)。魔誌『機関精神史』編集主幹。Real Sound Bookにて「マンガとゴシック」連載中(書籍化予定)。キネマ旬報、ele-king、Real Soundをメインに映画・音楽・マンガ評を寄稿。