『ダンダダン』に登場する怪異たち

 次に本作でどのようなオカルティックな怪異が登場しているか、振り返ってみましょう。

〇「セルポ星人」
 クローン技術で固体を増やす種族で、地球人の生殖機能を研究することを目的に人を誘拐する宇宙人として登場。ひと昔前のサラリーマン像を模したような七三分けの顔立ちが少々不気味なキャラクターとして描かれています。

「セルポ星人」は、アメリカの都市伝説「プロジェクト・セルポ」をもとにしたキャラクターと考えられます。オカルト誌『ムー』と『ダンダダン』がコラボレーションした記事によると、「プロジェクト・セルポ」とは、「1965年に行われたアメリカと惑星セルポの交換留学事業」で「1947年にアメリカのロズウェルに墜落した2機の宇宙船と、生存していたひとりの宇宙人の協力によって実現した」ものとのこと。

 このキャラクターの逸話が生まれたのは、スプーン曲げで知られるユリ・ゲラーが来日し、超能力などを取り上げたオカルト番組がテレビで頻繁に放映されていた1970年代の第一次オカルトブームのとき。1976年に「日清焼きそばU.F.O」が発売、1978年にピンクレディーの「UFO」がミリオンセラーを記録するなど、「UFO」をテーマにしたコンテンツが大衆の心をつかみ、楽しまれていた時代です。

〇「ターボババア」
 こちらも第1話から登場している妖怪で、かけっこで競走して負けると呪われるという同名の都市伝説が元ネタです。作中では、トンネルに集まった地縛霊を使役して巨大なお化け蟹に変身し、桃とオカルンを追いつめますが、桃の祖母で霊媒師である星子の結界術で、招き猫の中に封じられました。

 ターボババアは都市開発で各地に高速道路が建設されていた1990年代に生まれた、近代妖怪です。前出の『ムー』の記事によると、「ターボババア」は地域によって「100キロババア」「ジェットババア」と呼ばれることもある都市伝説のひとつで、出現するエリアによって特徴や逸話は異なります。

 本作では招き猫に封印された後、使い魔的な愛らしい姿になっていますが、トンネルでの対決で見せた禍々しい老婆が本来の姿。そのギャップは印象的です。

〇「ギグワーカー」
 第21話で登場。セルポ星人に雇われた宇宙人で敵対していましたが、現在は共闘する仲間に。登場時に桃たちと対峙(たいじ)したときは、「キャトル・ミューティレーション」をアレンジした設定を取り入れた展開が見ものでした。

「キャトル・ミューティレーション」とは、1960年代の全米で牛の死体が内臓や血液を失った状態で見つかる怪事件を指します。当時のオカルト的解釈では宇宙人が生物データを収集するためにさらったとされていました。

 作中では、ギグワーカーの体液が牛乳と同じで、輸血が必要な病気の子どもがいるギグワーカーに星子が牛を一頭ゆずってやり、救うという展開に。牛の血が抜かれた怪事件が元ネタだと知っている読者の中には、このアレンジにほっこりした人もいるかもしれません。

このように『ダンダダン』では「オカルト」の文脈を引用しつつ、脚色してスタイリッシュに描いています。そのためキャラクターたちは、懐かしい世界観を感じさせつつ、奥行きのある存在感を放つのです。