『池田ビッグベイビー、または世界』も最終回になってしまった。

 コラムの連載が決定した時は、「私が一つのテーマに沿って書けるものなんてあるだろうか?」と悩んだものだが、「旅行や留学中の経験なら多少は人に話せることもあるかもしれない」と思い、こんなタイトルで何とか続けて来ることができた。

「世界」なんて大きな言葉を使わせてもらって海外でのハプニングや出会いをつらつらと書いてきたが、私の「世界」を広げてくれたきっかけは、もちろんもっと身近なところにも沢山あった。

 地元のTSUTAYA。下北沢のライブハウス。そのステージに立つ才能に溢れた友人。

 自分のこれまでの人生を思い返せば数え切れないほどだが、今年32歳になる私が、よく思い出す人がいる。

 私が18歳の時に出会った、ジュンコさん。

 大学に入ったばかりだった当時、新しくできた友人と遊びに行った先で、女性二人に声を掛けられた。

 そのうちの一人がジュンコさんだった。彼女は我々の14個年上で、当時32歳だった。

 その日は明け方まで四人でダーツをして帰宅をしたが、何日か経ってからジュンコさんから新宿に呼び出された。その時の私は、当然ながら「ワクワク」していた。

 仕事帰りの大人の女性と待ち合わせをして、どんなところに行くのだろうか。大学の授業が終わり、八王子から一時間、胸を躍らせて指定された飲食店に向かった。

 如何にもOL然とした服装のジュンコさんと店前で落ち合い、気持ちの昂りを感じながら店内に入る。

「この子、ワタシの幼なじみなの」彼女の友人を紹介されると同時に、つい先ほどまでの高揚はすっかり収まった。

「二人きりじゃないのか……」意気消沈する私を彼女から引き離すかのように、ジュンコさんの仲間が続々とやって来る。同年代のものとは全く違う彼らとの会話は、少し退屈で、けれど新鮮なものばかりだった。

 その日から、週末になるとジュンコさんから呼び出され、彼女の友人たちと遊ぶようになった。最初のうちに抱いていた下心も徐々に無くなり、「そういうものなんだな」と理解した。

 というよりも、毎度決まって二人ではなく会うことで、受け入れるほか無かった。

 何ヶ月か経ったある金曜日の夜、ジュンコさんから連絡があり、何人かで集まった。彼女以外も皆既に私は何度も会っていたし、これまで通りのいつもの週末だった。

 夜が更けて日付も変わった頃、トイレから帰ってきたジュンコさんがジャケットを着てカバンを持った。「こんな時間にお開きなんて珍しいな」と思った私の服を掴み、「ワタシこの子とカラオケ行ってくる」と彼女は仲間に告げた。エレベーターに乗り、雑居ビルを出ると、そのはす向かいに照明で煌々と看板が照らされたチェーンのカラオケ店がある。「ここで良いよね?」お店へ足を向ける私の手を彼女は握り、「そっちじゃない」と言った。

 彼女に引っ張られるがままに着いていくと、すぐにラブホテルが立ち並ぶ通りに入った。「このまま引っ張られていて良いのだろうか」「大人の男ならここは自分からリードするべきでは」などと考えているうちに、気付いたらホテル街を抜けてしまった。やってしまった。しかし、なんと言葉をかければ良いのか。歩き続けながら頭が回らなくなった私の手をもう一度引き、「戻ろう」と言うジュンコさんに連れて行かれるがまま、ホテルへ入った。

 そこからのジュンコさんは手慣れていた。部屋に入るや否や風呂を沸かし始める彼女は、失礼ながら少々滑稽に映ったが、明らかに同い年の女の子とは違った。朝までそんなことの連続で、おかしくて楽しかった。

 その日からは、逆に毎週2人きりで会うようになった。「自動車学校の教官になりたい」と言うほど車の運転が好きだった彼女の車に乗って、遠くによく出掛けた。「日本の学校ってどんな感じなの?」就職するまで中学生からアメリカで過ごした彼女は、日本の学生が何をしているのか関心があるようだった。けれど、そう聞かれる以上に、私の方から彼女にアメリカについて色々聞いていたと思う。

「そんなに興味があるなら自分の足で行ってみなよ」「大学生になったんだから色んな世界を直接見れるよ」

 そんな彼女の言葉を不思議と今でも覚えている。

 6月生まれ。JUNE生まれだから、ジュンコ。名前のルーツからも、彼女が海外に触れて育ったようなものを感じた。他にも様々な話をしたが、ジュンコさんとの関係性は、ハッキリしていなかった。というより、私がその話題を避けるようにしていた。きっと曖昧にしていないと成り立たない関係なのだろうと、うっすら思っていたからだ。

 ところがある夜、そのことについて話をしたいと切り出された。そして、「ワタシは結婚したいし、子どもが欲しい」と告げられた。

 高校を卒業したばかりの私には、その言葉が重くのしかかった。それに対する返答は決まっていた。しかし、どう伝えれば良いのか。傷つけずに話す方法などあるだろうか? 頭の中では色々な言葉が思い浮かぶが、口に出すことができない。

 長い沈黙が続いたのちに、「でも」とジュンコさんが切り出した。

「君にそれを求めるのは違うと頭ではわかっている」

 帰り際、馬鹿なフリをして、「次いつ話せる?」と聞いた。

 涙ぐみながら、「今日バイバイしたら君の連絡先は消すよ」と答えるジュンコさんを見て、「自分が起こした行動で感情のジレンマに苦しむのが大人ってやつなんだろうな」と思った。

 哀しいかな、その考えは間違っていなかったと、32になる私はその時の自分に言える。

「じゃあさ、結婚することになったら教えてよ。そのために連絡先は残しておいて」

 そう伝えると、彼女は笑いながら「絶対に嫌だよ」と言う。

 けれど、この瞬間から他人として生きていくなんておかしな話だ。それに、彼女の望みが結婚や出産であるなら、それを聞いて喜びたい。

 私があまりにもしつこく言うので、彼女は連絡先を消すのを留めると返事をした。「君が就職した時に報告してくれるんだったらね」と交換条件を提示された。

 私たちは、その約束を交わして別れた。

 4年が経っても、その約束のことは覚えていた。

 決まったばかりの就職先を伝えるという建前でジュンコさんと久しぶりに話したかったし、自分もアメリカに留学したことを報告したかった。

 電話を鳴らすとすぐに「もしもし」と懐かしい声が聞こえた。続けて、どなたですか?と言う。

 私は自分の名前を名乗り、4年前の最後の約束や、就職が決まったことを矢継ぎ早に話した。

「そうか。それを伝えるために電話してくれたんだね」

 ジュンコさんの声はどこか浮かばなかったが、きっと私との約束を思い出して感慨にふけっているのだろう。

「今彼氏が隣にいるんだけど、君と話をしたがってるから、代わるね」

 新しい彼氏がいるのか。もしかしたらその彼氏との結婚の方が早かったら、ジュンコさんから電話をくれていたかもしれない。今の彼氏はどんな人なんだろう。

「もちろん。俺も彼氏と話してみたい」

 そう伝えてから男に代わるまでは長くかからなかった。

「オオオォイ!!!」「テメェ殺すゾォ!!!」「誰のオンナか分かってんのかオラァ!!!」

 体がビクッとなり、スマートフォンから一瞬耳が離れる。男は、私のことを殺しに家にやって来ると言う。「あと10分もかからないから、あの世で後悔しろ」などと言われながら、あまりにも自分は能天気だったなと思った。男から酷い言葉を浴びせられ続けるのにも限界が来て、無言で電話を切ってから2、3分が経ったころ「本当にごめんなさい」というジュンコさんからのメッセージを最後に、私も連絡先から彼女の番号を削除した。

 ジュンコさんが口を割らなかったのか、もう私が住んでいる場所など忘れてしまっていたのかはわからないが、男が家に乗り込んでくることは無かった。

 きっと今、同い年の女友達が18歳と関係を持っていたら背中を押すことはしないだろう。むしろちょっと引いてしまうかもしれない。

 けれども、あの時は色んな世界を知っていて、私の世界も広げてくれる素敵なお姉さんだった。当時の私は彼女のもっと他の部分に魅力を感じていたかもしれないが。

 新しい世界を見る原動力なんて、案外そんなよこしまなものなのかもしれない。

「あの人の話について行きたい」「イケてると思われたい」「モテたい」

 正直そんな欲求も、だいぶ薄れてしまった。

 けれどもしもまた、男の見る目がない可愛い女の子が近づいてきてくれたら?
それを断るほど老いてもいないはずだ。

 そんな下心の先に、また新しい世界があったりして。

『池田ビッグベイビー、または世界』 おわり。

(文/池田ビッグベイビー、編集/福アニー)

【Profile】
●池田ビッグベイビー
1991年生まれ、YouTubeチャンネル「おませちゃんブラザーズ」のメンバー。185cmという巨体を武器に大学卒業後はネズミ駆除の仕事に就くも、YouTuberへ転身。「池田ショセフ」名義で音楽活動も行う。