──映画化もされた『真夜中の弥次さん喜多さん』シリーズですが、どのようにしてあの設定が浮かんだのですか?

「あの作品は、ちょうど会社勤めを辞めたばかりだったので、思い切ったものが描ける環境になった。“弥次喜多道中記”という設定があると、読者にとってわかりやすいし、どんなエピソードが起きても面白いからね。描き出した90年代はテレビゲームが流行(はや)って、オウムのサリン事件が起きたりして、現実がふわっとしてきた。そういうふわっとした現実感や、いくつもの物語を同時に生きているような話を描きたかった。漫画の中では、リアル(現実)を探しに出かけているけれど、結局、リアルはないんだよね。リアルは自分たちで作る。映像化された作品も面白かったけれど、原作はもう少し暗いかな」

──『真夜中の弥次さん喜多さん』を監督した宮藤官九郎さんや『流星課長』を監督した庵野秀明さんなど、クリエーターの方から作品を支持されるのはどのような気持ちですか?

「宮藤さんや庵野さんやたくさんの作品に接している人たちが自分の作品を選んでくれるのはホント嬉しいです! どんな料理をしてやろうかと素材として面白いのかな?」

肩書きを付けるのが難しいので「自称漫画家」に

──Twitterのプロフィールで「自称漫画家」と書かれていますが、ご自身の肩書きについてどう思われますか?

いや~、肩書きを付けづらくて……。展覧会が増えたので、アーティストと言われるようになったけれど、アーティストではないと思うんだよね。アートって、ここからここまでがアートっていう線引きがあるわけではなくて、成分みたいなものだと思う。要するにアーティストとしての成分が濃いか薄いか。まだ人が見ていないビジョンにサーチライトを当てるとか、カテゴリーに収まりきらない表現だったり、お金や社会的なものよりもその人にとって何か作らざるえない切迫したものがあるか、とか。そういうのがアーティストの成分だと思うと、僕はその条件を満たしていない感じなんだよね」

──でもいろいろなジャンルの架け橋になられていると思います。

「ジャンルってイチ業界の区別であって作品そのものは、案外そんなこと気にしていない。自分のやりたいことが曖昧ならフラフラ曖昧なままにしたほうが誠実かなって。本当は“この作品しか作れない! これに賭けているんだ!”って言うほうがカッコイイけど。まぁいいかげんであることに誠実ってことかな? だけどそれってプロとしてはどう? みたいのもあるし、そこは曖昧に『自称漫画家』にしています(笑)

原稿に向かうしりあがり先生 撮影/矢島泰輔
作業デスクに並ぶ画材 撮影/矢島泰輔

──しりあがり先生から見て、気になる作品はありますか?

「去年、完結した作品だと『ゴールデンカムイ』(野田サトル)だったり、『ちはやふる』(末次由紀)も読んだけれど、あれだけの情報量を月刊誌や週刊誌のスパンで読者に届けるなんて、すごい技術だよね。しかも面白い! やっぱり漫画はすごく進歩している」

──漫画がひとつのエンターテインメントとして確立されているのですね。

面白ければいいという弱肉強食ジャングルみたいな環境が多様な漫画を産み出しては淘汰してゆく。ある意味健全な環境で、ものすごく進化してますよね。しいていえばスーパーカーなのか大型トレーラーなのか、乗り物としてはものすごく進化しているけど、では乗せられて読者に届くものは何なのか? そこはどう評価すべきか? 進化してるのか? そもそも進化なんてあるのか? みたいな疑問はちょっと感じてて。自分はもうスーパーカーは無理だから、できるだけ乗っけて届けられる内容にこだわりたい気もするのだけど、こうして分析してものを考え始める時点であまりいい予感がない(笑)

──しりあがり先生の作品は、海外の評判はどうですか?

「僕の本は、スペインで『ジャカランダ』が翻訳されています。『ジャカランダ』は台詞が少ないからね(笑)。フランスのアングレームという漫画の聖地と呼ばれる場所で、『アングレーム国際漫画フェスティバル』が開催されていて、そこに呼ばれたことがあるんです。日本の作家でそこで個展をしたのは僕が初めてだったんですよ」

──お客さんの反応はどうでしたか?

「年配のご婦人が、しかめっ面して観ていたのを覚えています(笑)。海外ではヘタウマは受けないって言われていたんです。でも、マルセイユで『ヘタウマ展』があって、根本さん(根本敬)や、蛭子さん、湯村輝彦さんという人たちで作品を出展したんです。海外のヘタというカテゴリーは、日本とは違ってもっとパンキッシュで攻撃的な感じだったんです。タブーに挑戦したり体制に反抗したり、ノースキルだけれどアグレッシブ。でも日本のヘタウマって、どこか哀れさや儚(はかな)さがあると思う

──ヘタウマといえば、手塚治虫先生が手塚眞さんからしりあがり先生の作品をすすめられて、「絵がうまい」と言ったというエピソードはご存じですか?

「それは眞さんから実際にお聞きしましたね。でも、手塚先生にとっては自分の息子が“これはいいよね”って持っていた漫画を、“ダメだ”なんて言えないよね。どこかいいところを探したんじゃないかな(笑)。でも西原さん(西原理恵子)は“そんなことを言ってもらえるなんて!”ってうらやましがるだよね」