経営者は前向きだが、高度成長期に第一線を走っていた世代には理解しにくい

 一方、企業側は男性育休について、どのように考えているのでしょうか。このことについて加々美さんは、次のように話します。

男性育休を前向きに検討する企業が増えていると思います。特に経営者ほど、人的資本経営(※3)のような考えも浸透しており、その取り組みそのものが採用や定着に寄与すると考えているので、従業員が取得できるように環境を整えていこうという企業が多いと思います。

 その一方で、高度成長期にバリバリ働き続けてきた上の世代の方たちからすると、こうした時代の変化を受け止めにくい面もあるかもしれません

※3:人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方。(参考:経済産業省、人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~)    

 経営者が前向きにとらえる反面、人材や財務の面で考えると、中小企業には課題として大きくのしかかる。

「中小企業の経営者の方々とお話をすると、確かに取り組まなければならないと思いつつも、やはり経営アジェンダ(経営計画)になっていなかったり、男性育休を推進する組織が整っていなかったりなどの、不備がある点が多いようです

 その理由は、やはり“人材不足”だと、加々美さんは指摘します。

「中小企業はどこも人材不足にお困りなので、“推進が必要なのは理解しているが、いますぐには動けない”というのが本音だと思います。それに前例がないため、従業員にとっても“自社で育休が取れる”という発想に至りづらいのもあると思います」

「給与の補助」「業務時間の柔軟化」など独自の制度で子育て支援

 男性育休が進んでいない状況ではありますが、その中でも、積極的に仕事と子育てとの両立支援を行っている企業があります。それはどんな取り組みなのでしょうか。

 加々美さんは、「3つのトレンドに分けられる」と言います。それをもとに、代表的な事例を調査してみました。

①給与の補助

 育児休業中は、最初の6か月間は給付金の支払いは「休業開始時賃金日額×支給日数×67%」で、それ以降は50%しか支給されません。

 そこで、残りの分を企業が独自の仕組みとして支給したり、育休取得の当事者だけでなく、それを支える職場の人にも手当を支給し、みんなが気持ちよく働ける環境を整えようとする企業なども少しずつ増えてきています。

<代表例>

〇太陽生命保険:男性が育休取得している間は100%の給与を補償。同社では、この他に男性育休参加のための特別休暇を、最大20日付与。

〇三井住友海上:男女問わず、育休を取得する職場の同僚に「育休職場応援手当」を支給。支給額は職場の規模や、育休取得者の性別を考慮し決定。小規模の職場の場合は、同僚の負担が増えるケースもあるため、手当の額を増やす。

②業務時間の柔軟化

 保育園の送迎、銀行や役所の手続きなど、家庭の事情に合わせて業務時間のパターンをいくつか設けたり、時間単位で有給休暇が取得できる企業が出てきています。

<代表例>
〇エレコム:従来の勤務時間のレパートリーに加え、新たに新設し、複数の勤務時間の中から選択可能に。

 ■従来の勤務時間:
・午前8時〜午後5時
・午前9時〜午後6時
・午前10時〜午後7時

 ■新たに設けた勤務時間:
・午前7時〜午後4時
・午前7時30分〜午後4時30分
・午前8時30分〜午後5時30分
・午前9時30分〜午後6時30分

〇アイズ:有給休暇を取得する際には、1日の勤務時間(8時間)のうち、2時間だけ有給休暇を取得できる「4分の1休暇」がある。時間単位の有給休暇。

③特別休暇の付与

 お子さんのいる従業員向けに、有休のほかに休暇を付与する制度です。家族の誕生日や記念日をお休みにできる「ファミリーホリデー」や「バースデー休暇」などが該当します。

<代表例>
〇コロプラ:お子さんのいる従業員は、通常の有給休暇の他に年間5日間の有給休暇を取得できる制度。お子さんの看護や、家族との旅行などに利用されている。

〇TORIHADA:家族の誕生日(一親等まで)には、特別に休暇を取得できるファミリーホリデー制度がある。

企業が生き残るためには、転職希望者を惹きつける独自の制度が必要に

 上記以外にも、ユニークな福利厚生制度を採用し、注目を集めている企業も多いようです。

 例えば、鎌倉にある企業「面白法人カヤック」は、長年にわたり毎月サイコロの目によって手当が支給される「サイコロ給」を導入していたり、ペットケア事業を展開している「マース」では、「ペットフレンドリー制度」を作り、ペットと一緒にオフィスに出勤できたりと、働きやすい環境を整え、採用や定着にも貢献しているようです。

 こうした状況を受け、加々美さんに今後の企業の福利厚生や待遇はどのように変わっていくのか、聞いてみました。

「少子高齢化などの影響により、ただでさえいまは人を採用しづらい環境になってきているため、採用や定着が経営アジェンダになっていくと考えられます。

 中小企業では、今はまだ男性育休の優先順位は低いですが、企業として生き残っていくためには、人を惹(ひ)きつける独自の待遇や福利厚生などを整えていくことが、期待も含めて、もっと増えていく必要があるのではないかと思います」

 中小企業が男性育休を推進していくのも、会社の制度として組み込むなどの強制力がなければ、従業員に浸透しないことが予想されます。独自の制度として導入される企業が増えてくることを、ぜひ期待したい。

(取材・文/西谷忠和、編集/本間美帆)


【PROFILE】
加々美祐介(かがみ・ゆうすけ) 総合人材サービスを提供する、パーソルキャリア株式会社の転職サービス『doda(デューダ)』編集長。2005年、パーソルキャリア株式会社の前身となる株式会社インテリジェンスに入社。人材紹介事業、法人営業、マネジメント職において、採用・転職支援に尽力する。以降、新規事業の立ち上げや自社の人事部門に戦略設計から携わり、2019年に本部長、2021年には執行役員を歴任。2023年4月、doda編集長、プロダクト&マーケティング事業本部 事業本部長に就任。長きにわたり、時代や情勢の変化をいち早くキャッチし、人材支援に寄り添い続けている。