※本記事は『PUI PUI モルカー』『PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL』のネタバレを含みます。
2022年10月8日からテレビ東京「イニミニマニモ」内ほかでアニメ『PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL』が放送中です。2021年1月からテレビ東京系「きんだーてれび」で放送された第1期に登場していたモルカーたちが引き続き登場。教習所に舞台を移動して、DRIVING SCHOOL編(以下、DS編)の今回もモルカーたちがドタバタとトラブルを引き起こしています。
『PUI PUI モルカー』(以下、モルカー)は、羊毛フェルトのパペットを使ったストップモーション・アニメ(パペット・アニメーション)という手法で制作されています。一部の熱狂的な支持者を得るようなアート系アニメに収まらず、第1期の放送時からSNSを中心に反響を呼び、国内外で注目される作品となった『モルカー』ですが、他のアニメにはあまり見られない試みがいくつか散見される作品であることをご存じでしょうか?この記事では、前作と今作とで一貫して見られるユニークな取り組みを3点取り上げ、パペットを使ったアニメだからこそできた、その表現の魅力を考察していきます。
①リアルな描写とデフォルメされたアニメ的表現の融合
まず、モルモットが車になった愛らしい“モルカー”について触れないわけにはいかないでしょう。老若男女を惹(ひ)きつけるこのキャラクターの独自性は、リアルなモルモットの特徴と、デフォルメされたアニメ的な表現の融合によるものです。音やさまざまな素材を複合的に組み合わせて映像を構成する、アナログな手法だからこそ生まれています。
この手法は一般的に“ストップモーション・アニメ”と呼ばれています。ストップモーション・アニメとは、アニメーターがパペットを少しずつ手で動かしながら1コマずつカメラで撮影し、つなげて映像にする手法です。『モルカー』の場合は1秒のシーンに24コマの画が必要で、制作には莫大な手間と時間がかかります。
また、この手法は大きく3つの方法があり、関節などがついた可動する人形を使った“パペット式”、表情の違う頭部やポーズの異なる手足を別に作り、パーツを変えることで、よりアニメ的な動きを人形で表現できる“パペトゥーン式”、人形の形を変えられる粘土を使った“クレイ・アニメーション”に分類されます。
“パペット式”には、ロマン・カチャーノフ監督による『チェブラーシカ』があり、“パペトゥーン式”が使われた作品には、ティム・バートン監督が原案と制作を担当した『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』といった作品が。“クレイ・アニメーション”には、『ニャッキ!』(NHK)や、イギリスで制作された『ひつじのショーン』といった作品があります。
こうしたパペットを使ったアニメ作品の魅力について、“素材の質感を生かした温かみ”が着目されることは少なくありません。しかし、モルカーの魅力の本質は、本物のモルモットの体温を想起させるような、フェルト性のモフモフな毛質だったとはいえないと思うのです。
『モルカー』に登場するキャラクターは、原作者である見里朝希(みさと・ともき)監督(※DS編の監督は小野ハナ。今作で見里監督は原案とスーパーバイザーを担当)がご家族で飼っているモルモットがモデルになっています。モルカーたちの「プイプイ」という鳴き声はこの子のものを使っており、さらに実在のモルモットが口元をもぐもぐさせる動きも反映されるなど、リアルな動作が取り入れられました。モルカーは“車”でありながら、トコトコと歩きますが、これはモルモットがお尻をフリフリする動きを表現するためと言われています。
さらに、柔らかい羊毛フェルトを素材にして作られたモルカーは、手で押すなどして形に変化をつけることができるため、表情で感情を伝えるアニメ的な要素が加わっています。こうしたコミカルな動きとリアルさとの間に生まれたギャップが、モルカーたちのけなげな一面をより引き立てました。
『PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL』の監督を務めた小野ハナ氏も、アニメカルチャーメディア『Febri』における制作インタビューにおいて〈セリフがない分、表情や小さな動作がすべてなので、そこでどれだけ演じられるかというのはポイントだと思います。(中略)フェルトをつぶしてみたり、持ち上げてみたりと、少し触っただけでも表情が豊かに出てきます。〉と語っています。
第1期にあたる『PUI PUI モルカー』でも制作スタッフとして参加した小野監督でしたが、見里監督からバトンを受け取った新シリーズ『PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL』においても、モルカーの細かな動きを表現するために、撮影やセットの調整、スタジオの温度やアニメーターとの連携部分も、細部までこだわっていたことが伺えます。
②スケール(縮尺)の遊び
モルカーの羊毛フェルトのパペットに対して、物語に登場する人間たちは、ジオラマ用の人形が使用されています。ここで注目したいのは、(セット以外の)小道具です。登場する人物たちが持つ道具は、その縮尺に合わせて作られたものだけではなく、パペットを操作している人が現実の世界で使っているもの(あるいは、現実で使われるものと同じサイズ)がある点でしょう。モルカーを見ているとミニチュアライズした世界に入り込んだような独特な感覚を味わえるのは、このようにスケールが混在しているためです。
たとえば、第1期では指輪、DS編では免許証といった小物類が、この物語の中では明らかに大きなサイズ感のまま使われ、しかもまったく違和感のないものとなっています。ストップモーション・アニメでは、セットや小物類とパペットのスケールが比例して制作されることが多い中、スケールをあえて遊ばせる試みが見られることもモルカーの特徴でしょう。
さらに第1期では、モルカーに人が乗車しているシーンで、見里監督をはじめとする身近な方たちがキャストとして登場するという、実写表現も活用していました。こうした演出は車の渋滞や、ゴミのポイ捨てなど、身近な社会問題を取り込んだ風刺的な描写も引き立てていました。
③感覚を刺激する身体性の強み
見里監督の前作である『マイリトルゴート』は、グリム童話『狼と七匹の子山羊』をベースにしたダークファンタジーでした。本作はフェルトを素材にしたパペットを使っていますが、この作品を制作していた当時は制作費を抑える都合からフェルトを素材に使ったそうです。アナログでかつ、演出や動作に物理的な制約のあるフェルト製のパペットならではの表現があった『マイリトルゴート』。児童虐待といった重いテーマも設定に取り入れたことで、物語に不穏さと奥深さをもたらしていました。
DS編でも、教習所でモルカーたちの個性を矯正しようとする鬼教官が登場。画一的な規範で個性を封じ込める愚(おろ)かさや、漂白された社会のいびつさを提示し、ポップな世界観ながらの風刺性は『マイリトルゴート』を彷彿(ほうふつ)とさせました。こうした毒気のある表現を効果的に増幅させているのが、この作品独自の身体性にあります。
『マイリトルゴート』では、母ヤギが狼にのみ込まれた子ヤギたちを取り出すと、1匹の子ヤギは胃の中で消化されて死んでいて、もう1匹の子ヤギは顔が胃酸で溶けていました。グリム童話では、迷子になった兄弟がかまどに魔女を蹴り入れて殺してしまう『ヘンゼルとグレーテル』のような、まるで子ども向けとは思えない残酷な描写や設定が多く見られます。こうした身体感覚を伴うリアルな設定は、見里監督独自のものだと言えるでしょう。
こうした身体性が感じられる設定や描写は、実は『モルカー』でも多く見られるのです。たとえば、人がモルカーに乗り込むときの吸い込まれるような感覚、人間がポイ捨てしたゴミを食いしん坊のモルカーが食べてしまい腹痛を起こす描写など……。こうした感覚に訴えかけられるキャラクターの動きは、視聴者から多くの共感を呼んだはずです。
これはパぺットを動かして長時間制作と向き合う、表現者だから高められた感覚であり、手の中で試行錯誤をする工程があったからこそ、生まれた独自性だったように思えてなりません。
最後に:不自由さや制約が生んだ『モルカー』の魅力
最後に、パペット・アニメーションにおける作品としての強みを振り返っておきたいと思います。2016年に公開された『モアナと伝説の海』のように、近年の3DCG技術なら、パペットの素材感を高い再現度で表現することが可能です。そうしたCG技術がある中で、なぜあえて、膨大な時間と手間をかけてパペットアニメを撮る必要があるのか。今回取り上げた『モルカー』は、そんな疑問を払拭できる作品だったと言えるでしょう。
見里監督は、『PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL』を取り仕切る小野ハナさんに、モルカーの表情を過剰に付けすぎないようにアドバイスをしたそうです。これは、あえて表現に制限を設けることが、作品によい影響を及ぼすことを感じているからこその助言だったと感じます。
ストップモーション・アニメ映画の『ファンタスティック Mr.FOX』や『犬ヶ島』を制作し、多くの実写映画でも知られるウェス・アンダーソン監督は、ユリイカ 2018年6月臨時増刊号『ウェス・アンダーソンの世界』においてこう語っています。
〈どんなやり方にもコントロールのリミットはあると思うよ。そしてそれを望むべきなんだ。(前略)アニメーターたちはめいめい自分の視点を持ち込むから、ストップモーション撮影のセットでも同様の偶然が起こる。ただ、ものすごく“ゆっくり”起こるんだけどね〉
CGを使ったり、絵コンテを描いてキャラクターや背景を自在に動かせるアニメーションと違い、ストップモーション・アニメには物理的な制限があり、時間的にコストがかかります。ですが制約がある中で、時間をかけて作品と対話していくことで、表現者が何らかのひらめきを得て、それが独創的な表現に至っていることが間違いなくあると思うのです。
(文・石水典子/編集・FM中西)
【PROFILE】
◎見里朝希(みさと・ともき) 東京都生まれの映像作家、アニメーション監督。東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻修了。 主にストップモーション・アニメーションによる映像制作を手がける。大学院在籍時に発表した『マイリトルゴート』(18年)はSHORT SHORTS FILM FESTIVALで優秀賞・東京都知事賞をはじめ、国内外の映画祭で多数の賞を受賞。‘21年放送開始『PUI PUI モルカー』の生みの親。
◎小野ハナ 岩手県生まれのアニメーション作家。東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻修了。 『澱みの騒ぎ』(14年)で大藤信郎賞を受賞するなど、美術作家としても活動中。‘22年10月開始の『PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL』において、監督を務める。
【参考文献】
◎『夜想34 特集パペット・アニメーション』(1998年、ペヨトル工房)
◎『ユリイカ6月臨時増刊号 <決定版>ウェス・アンダーソンの世界――『犬ヶ島』へようこそ!』(2018年、青土社)
◎『PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL』小野ハナ監督に聞く新シリーズ制作の裏側 より(Febri)