これまで釣った魚は381種類、食べた魚は400種類以上(2022年10月時点)、日本さかな検定(通称:とと検)1級合格、ストイックな魚しばりのチャレンジ企画などSNSで話題沸騰中のさかな芸人ハットリさん。芸人として世代問わず笑ってしまうネタを届ける裏側には、環境問題に取り組むインフルエンサーとしての責任・葛藤がありました。
インタビュー第1弾では、魚を好きになった経緯やさかな芸人誕生秘話を語っていただきました。【第1弾→「ウィーアー!」「KICK BACK」の“お魚替え歌”がSNSで話題! さかな芸人ハットリさんが歩む「100%魚人生」】
第2弾の今回は笑いから打って変わり、発信する側としてのまじめなハットリさんにフォーカス。環境問題への取り組みや発信者として心がけていることについてお話を伺いました。
ブリラーメン、ブリつかみ取り体験は、これまでの北海道では考えられない
──昨今、何かと環境問題が取り上げられていますが、日本の海では何が起こっているんですか?
「世界レベルで起こっているのが温暖化に伴う海水温の上昇です。それにより暖流魚が北上していて、日本でいえば北海道が最たる例です。ここ数年、北海道のサケはかつてない不漁で、それに代わって豊漁なのがブリなんですが、これまでの北海道では考えられない状況なんです。ただ、北海道としては振り切っていろんな試みをしています。例えば函館市では、ブリの食文化を定着させるためブリラーメンなどのメニュー開発をしたり、ブリつかみどり体験をしたり。
ただ、サケなど北海道のように獲れていた魚が獲れなくなったり、獲れる魚が変わったりということが日本各地で起こっています。地元の魚が獲れなくなることで、郷土料理がなくなる可能性もある状況です」
日本で起こる外来種の問題。ゴールは本来あるべき生態に戻すこと
──そんなことが起こっているんですね……。さまざまな環境問題に取り組まれているハットリさんですが、今いちばん関心があるのは何ですか?
「外来種問題です。今年4月から9月まで“半年間 自分で捕獲した外来種で作った料理を毎日食べる生活〜1日1食外来種〜”というチャレンジをしたのですが、本当に根深い問題だなと感じました」
──外来種というとブラックバスやブルーギル、アメリカザリガニとかですよね。
「そうです。言葉の定義だけで言うと、外来種は“人間の手によって生息地から本来生息しない地域に持ち込まれた生物”で、年代・国内外は問わないもの。問題になっていない外来種もあるんですよ、例えばお米とか。じゃあ何が問題なのかというと、生態系を崩したり産業に被害を与えたりする場合、悪影響があると見なされます。
アメリカザリガニで言えば、増えることで水草が極端に減り、他の生き物が生きられなくなってしまうと防除(※)する動きになります。ただ、最近は増えたザリガニで町おこしをしようとする動きも増えていて、ザリガニを使ったメニュー開発をしているところもありますが、このやり方が浸透するのは結構危ないなと思っています」
※防除(ぼうじょ):生物による被害を防ぐため、その進入の防止や個体の管理などを行うこと
──でも、防除自体はよい動きなのでは?
「産業としてうまくいくと養殖する流れになりますが、さまざまな原因により養殖池から外来種が脱走した事例が過去に何件もあるんです。僕も外来種を食べて“おいしいです!”と発信する身ですが、環境保全を最前線でしている人にとって、いい発信ではないのではないかと思うこともあります。悩んだ末の結論が、本来あるべき生態に戻すことをゴールに、食べるのはあくまでその過程というスタンスで発信しようと。そこまで考えたうえで伝えるのが僕の責任かなと思っています」
──ただ発信するだけではすまないんですね。
「防除の観点で言えば、“食用に人員や時間を割(さ)かずに”一匹でも多く駆逐したほうが効率ははるかにいいです。でも僕の場合、獲って食べないまま殺すことができなくて。殺めたからには食べなきゃという姿勢が釣りで沁(し)みつきました」
インフルエンサーは啓蒙する立場。発信者としての心掛け
──他にも、発信するうえで気をつけていることはありますか?
「必ず守っているのは各自治体のルールや漁業調整規則です。使用禁止の道具とか、“夜にライトで照らしながら網で獲るのはダメ”とかいろいろあるんですよ。レアな魚が獲れたときは、場所がわかると人が殺到するので背景が映らないようにするとか。“特定外来生物”は生きたまま別の場所に移動させたらアウトですし。SNSの発信はすごい慎重になりますね」
──そんなに細かいルールがあるんですね。
「魚をさばくシーンも悩みます。知り合いの魚さばき系ユーチューバーさんも内臓のシーンがあると残酷と見なされて広告がつかないと言ってました。僕がやり始めたころは今みたいにガチガチじゃなかったけど、コンプライアンスの部分は気をつけるようにしています」
──確かにYouTubeもコンプライアンスが強化されていますもんね。
「発信するからには啓蒙(けいもう)する立場になってくると思うので、文句を言うだけじゃなくて“自分に何ができるのか”を考えながら行動するようにしています。発信するからこそ、発信のやり方は臨機応変にやっていかなきゃなと思うし、発言にも注意しますね。
最近反省したのがハクレンを調理したときでした。ハクレンって生態系被害防止外来種リストに入っている淡水魚で、荒川温排水で獲った魚だったんです。いつものごとく獲って調理したら、まぁこれが下水臭くて。下ゆでして1日お酒に漬けた後、キムチ・みりん・酒・しょうがと強めの味つけにしたのに全然臭いがとれない。まずい……という、しかめ面の自撮りを添えながらハクレンの料理をTwitterにあげ続けたところ、“わざわざ排水にいる魚を食べて、その魚種をまずいというのはいかがなものか”とお叱(しか)りを受けまして。自分の発言がそうとらえられることもあるんだと反省しましたね。ライブで話すと大体ウケるのでつかみネタにすることはありますが(笑)」
芸人の自分とまじめな自分との両立、次なる目標はサステナブルな芸
──お魚替え歌やチャレンジ企画などの楽しいコンテンツから環境問題にかかわるものまで、本当にいろいろなアプローチをされていますよね。
「替え歌は趣味を全部詰め込んだ感じで、僕のネタを見て“嫌なことを忘れられました”と言われるとやっぱりうれしいですね。環境問題については届け方が本当に難しいし試行錯誤していますが、僕の立ち位置だからこそできることをしていければなと。芸人としての僕とまじめな僕を両立するのがまた難しいところでもあるのですが、どちらの僕も発信していければと思っています」
──ハットリさんなら両立できると思います! これからも応援しています。最後に、今後の目標を教えてください。
「人生の目標としては、死ぬまでネタをしていきたいです。とはいえ、さかな芸人と名乗っている限り、魚の知識や環境問題の知見を広げていかないと説得力がないので、これからもブラッシュアップし続ける必要性を感じています。
それと同時に、どう自分の芸をサステナブルなものにするのかが今の課題。以前はドカンと人気者になって引っ張りだこになりたいと思っていたけど、コロナ禍で全然呼ばれない経験をして、呼ばれなくても自分からイベントを生み出せる力が必要だと心底思いました。自分で作るスタイルや地盤を確立して、一生芸人でいたいですね」
◇ ◇ ◇
楽しいエンタメだけでなく、世間に与える影響までしっかりと考えているハットリさん。責任と覚悟を持って取り組む姿から、高いプロ意識と周りに配慮する優しさが伝わってきました。これからもあっと言わせる芸で笑いと気づきを届けてくれるはず。今後のさらなる活躍に期待しましょう!
(取材・文/阿部恭子、編集/FM中西)
【PROFILE】
さかな芸人ハットリ 1989年、神奈川県生まれ。福岡大学付属大濠高等学校、早稲田大学教育学部卒業。大学ではスキューバダイビングとお笑いサークル「早稲田寄席演芸研究会」に所属。2010年より芸人として活動スタート。2014年「日本さかな検定(通称ととけん)」1級に合格。その後再度受験し、2017年に同検定で全国6位に。同年10月に個人事務所「ハットリ水産」を設立。2021年『日本一魚好きな芸人の魚図鑑 さかな芸人ハットリが日本一周して出会った魚たち』出版。歌詞をすべて魚の名前にして歌う「お魚替え歌」や魚しばりのチャレンジ企画がSNSで注目を集め、『アメトーーク!』やイベントなど多数出演。