「人生100年時代」と言われて久しいですが、高齢化社会において欠かせない場所といえば、病院ではないでしょうか。自分自身はもちろんのこと、親世代の入院や通院のため総合病院(病床数100床以上で、最低5科以上の主要な診療科を含む病院のこと)に通うこともあります。
かくいう私も、何度も総合病院のお世話になっています。院内で過ごす待ち時間の長さに困り果てていたところ、診療所(病床を持たない、もしくは19床以下の施設)では見かけることのない『タリーズコーヒー』や『ローソン』が、よく総合病院内に併設されているのが気になりました。
そこで今回は、株式会社ローソン開発本部 ホスピタル・ヘルスケア開発部・田中織音さんと、タリーズコーヒージャパン株式会社 事業開発本部・知久和男さんに直撃。お話を伺ってみると、院内という特殊な環境に出店する意義や、院内店舗ならではの工夫がたくさん見えてきました。
院内出店は約20年前から! 狙いは? きっかけは?
──病院内への出店は、いつから始められたのですか?
タリーズコーヒー・知久さん(以下、知久):2004年から行っております。最初の店舗は東京大学医学部附属病院(以下、東大病院)で、来年で出店20年を迎えます。タリーズコーヒー(以下、タリーズ)の創業自体が1997年なので、創業7年目で出店したことになります。
ローソン・田中さん(以下、田中):ローソンは笑顔が集まり、誰もがほっとできる『マチのほっとステーション』を目指すべく、さまざまなエリアに店舗出店してきました。病院の立地によっては閉鎖商圏となることもありますが、入院患者様や忙しい医療従事者の方たちの生活をサポートできれば、という思いから出店を決め、2000年に1号店を石川県の恵寿総合病院に出店しました。
──どちらも最初の出店から約20年もたつのですね。院内出店のきっかけは何でしたか?
知久:タリーズの1号店は東京・銀座で、オフィス街での出店に強かったんです。病院も医療従事者の方など働いている方が多いので、これまでのノウハウを活かせると考えました。タリーズは経営理念のひとつとして、“地域社会に根ざしたコミュニティーカフェとなる”を掲げているのですが、20世紀の病院内の食堂って、どうしても殺風景で、味気ない雰囲気になりがちだったと思います。そこにカフェを作ることで、なかなか外出できない方や、お見舞いに来る方々が気分転換できるような憩いの場所を提供したいというのが、出店に踏み切った理由です。
──その中でも、なぜ東大病院を選ばれたのでしょうか。
知久:最初に東大病院の好仁会(一般財団法人)から、「職員向けの福利厚生」と「近隣住民の方が入ってきやすい雰囲気づくり」を考え、カフェの公募があったため、タリーズも応募し、採用していただきました。病院内での事業展開は急にお願いしてやらせてもらえるものでもありませんが、最初に東大病院に出店したことが起爆剤となり、ほかの病院からも声がかかって、店舗数が増えていきました。
──ローソンも病院側からの要望があったのですか。
田中:当時の病院売店は小規模なものが多く、品ぞろえや営業時間などに課題があったそうで、職員様や患者様からは“品ぞろえを増やしてほしい”、“夜間救急の時間帯や休日にも開けてほしい”という声があったものの、対応が難しかったと聞いています。私たちはコンビニエンスストアなので24時間営業もできます。品ぞろえに関してもさまざまな要望に応えられる。弊社と病院様のニーズが合致したのが出店のきっかけでした。
──ローソンの都内での院内出店はどこが最初でしたか?
田中:都内で現在営業中の店舗は、’03年の杏林大学病院店の出店が最初です。本年の4月末時点で全国に約340店舗出店しています。院内への出店数は弊社が最大級であると自負しています。
──タリーズはいかがですか?
知久:全都道府県に出店していて、現在約770店舗あり、そのうち病院内に約90店舗出店しています。タリーズもチェーン系のカフェの中では、初の出店でした。現在の院内店舗数は、ドトールコーヒーショップさんとトップを競っていると思います。
医師を中心に喜びの声が続々、院内に複数店舗ある病院も
──院内に出店してから、どのような反響がありましたか?
知久:患者さんやお見舞いにいらっしゃる方に多く利用していただいていますが、いちばん喜ばれたのは、忙しくて外に一服しに行く暇もない医師の先生方だったんです。病院側にとっても、東大病院などの場合は、遊休スペースとなっている場所を有効活用できたことが大きなメリットだったようです。また、実は、院内店舗の面積はあまり大きくないんです。厨房とバックヤードさえあれば成り立つので、病院の受付の周りなどにも設置できる。大型店舗ですと費用がかかるので、初期投資が少なくて済むのは大きいですね。
田中:患者様やお見舞いにいらした方ももちろんのこと、医療従事者の方や病院職員の方の利用が特に多いです。これまでは、病床数が多い大規模な病院への出店を主としていました。今期以降は、ご要望をいただいていることもあり、中規模の病院にも拡大していこうと考えています。
──私が利用した病院では、ひとつの病院の中に、2店のローソンが出店されていました。
田中: ひとつの病院内に、複数の店舗が出店しているところもあります。医学部や看護学校を併設している病院の場合は、学生の方も多く利用されます。また、1階にある店舗は外来患者様向け、別の階にある店舗は入院患者様向けとして、他の階にはない手術や入院時に必要な商品を置くなど、フロアによって広さや品ぞろえを変えています。店舗の広さがあれば、イートインを併設できるので、入院患者様のちょっとした気分転換の場になり喜ばれています。
バリアフリー設計、豊富な医療材料……院内店舗ならではの工夫
──院内店舗と通常店舗では、どのような違いはありますか?
知久:タリーズの場合は、バリアフリー設計を心がけています。車イスの方も多く利用するので、通常店舗よりも通路幅が広くなっており、レジのカウンターも(車イスの)脚が入り込めるように掘り込んでいて、カウンターテーブルの高さも10センチ下げています。そのほか、テーブルやイスにはなるべく杖置きを設置しているほか、メニューボードの文字を通常より少し大きくしています。
──利用者さんのために、さまざまな工夫がされているのですね。
知久:また、’04年くらいまで、イスの座面は木のまま使っていたのですが、院内店舗での取り組みから派生して、今ではどの店舗もすべてクッション張りにしています。
──より居心地のいい環境づくりに徹しているのですね。
知久:病院への出店は基本的に公募制なので、出店を希望する他の飲食店とコンペティションになることが多いんです。その際に当社からの提案として、“店内に呼び出しモニターをつけませんか”という提案をして、それが採用された形ですね。
──院内店舗では、デカフェ(カフェインが少ないコーヒー)も選べるのが妊婦さんや、高齢の方にもいいですよね。
知久:デカフェは病院に限ったことではないですが、院内店舗ではできる限りメニューに取り入れるようにしています。そのほかの商品は通常店舗と特に差別化していませんが、飲み物だけでなく、食事メニューがわりと出るので、ラインナップを多めに用意しています。
──ローソンはどうですか?
田中:検査や手術、治療に使うような医療品も多く取りそろえています。検査食ひとつ取っても、ドクターの指定などがあり、病院様の要望を1点、1点伺って必要なものを用意しています。また、お子様の多い病院の場合は、“絵本塔”という書店などに置かれているような絵本のラックや、玩具菓子も取り扱っています。このような品ぞろえは、院内店舗ならではだと思います。
──院内ローソンは、小説など書籍の取り扱いも多いように思います。
田中:雑誌・書籍コーナーも通常より拡大して、人気作家さんの小説を置いたり、雑誌や文庫をそろえたりと、病院にいらっしゃる方々のニーズに合わせた品ぞろえができるよう努めています。
営業時間を絞っても効率よい営業が可能。コロナ禍の影響は?
──病院自体は通常、午後や休日は休診のところもあります。その場合の営業はどうしていますか?
田中:病院様と相談して決めています。公募の時点で24時間営業を希望していたら、診療時間外でも24時間営業をしています。その条件が必須ではない病院様の場合には、受付時間や職員の方がいらっしゃる時間に合わせて営業時間を決定しています。
知久:タリーズの場合は、病院によりけりですが、日曜など外来診療がないときは休んでいるケースが多いです。
──通常の店舗よりも休みが多い分、収益減になってしまわないのでしょうか。
田中:院の場合は職員の方や患者様が一定数いらっしゃることもあり、営業時間を絞ってもしっかりと経営ができています。ご来店されるお客様ががっかりされないよう、ワークスケジュールを適切に組み、売り場を整えることを意識しています。
──コロナ禍の影響は強く受けましたか。
知久:やはりコロナ禍においては、院内店舗は事業として非常に厳しかったです……。特に、お見舞いが規制されて大変でした。正直なところ、今でもまだ完全にコロナ禍前の状況には戻っていないので、苦しい一面もあります。しかし、病院は公共度が高いですから、一度出店したからには、効率や売り上げだけを求めるのではなく、病院側にもお客様にもきちんと対応しなければいけないと思っています。
田中:ローソンは、コロナ禍も通常どおりの営業を行っていましたが、外来患者様の制限でお客様が減り、売上への影響は大きなものがありました。手術数も制限されていたので、カテーテルのような医療品の売上にも影響がありました。
──院内店舗ならではの苦労や覚悟もあるのですね。
田中:しかし、院内のインフラを担っているので、安易に“売り上げが落ちたからやめます”という判断はできません。ご来店されるお客様のためにできることを考え、今後も継続していくための工夫を続けています。
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意外に知られていない院内店舗の実情。インタビュー第2弾では、ローソン、タリーズコーヒーが取り組んでいる社会貢献活動や、院内店舗の展開を通して実現したいことについてもお聞きしています。
(取材・文/池守りぜね 取材協力/タリーズコーヒージャパン株式会社・株式会社ローソン)