「発酵食品」と言われて、真っ先に思い浮かべる食べ物はなんですか? 発酵の謎に迫るシリーズの第1弾(全4回)は、株式会社明治でヨーグルトの研究や商品開発をしている辻恵里花さん(技術研究所)、古川順子さん(商品開発研究所)、田中陽さん(乳酸菌マーケティング部)に発酵の秘密や、ヨーグルトが美味しくて身体にいい理由を教えてもらいます。
発酵とは、“乳酸菌”が大好物の糖分を食べて“乳酸”などを作るプロセスのこと
──ヨーグルトはどのようにして作られるのですか?
辻「ざっくり説明すると、《原料になる“生乳”と“乳製品”などを混ぜる→乳脂肪の浮上を防ぐために高圧をかけて乳脂肪分を細かく砕き均質化する→殺菌処理→乳酸菌を加えて“発酵”させる→冷却》という手順で作ります。
下ごしらえをしてから最後に乳酸菌を加えるのですが、乳酸菌は、乳原料の中にある“乳糖”という糖分が大好物なんですね。乳糖をパクパク食べると、その過程で“乳酸”や、さわやかな香りの成分を作り出します」
──“乳酸菌”が“乳酸”を作るんですね?
辻「はい。乳酸はヨーグルトの酸味の元になる物質です。ヨーグルト独特の酸味やさわやかな風味は、この乳酸や香りの成分がたくさん作られるからなんですよ。また、この酸味がヨーグルトの腐敗を防いでくれてもいるんです」
──ああ、なるほど。だからヨーグルトは長持ちするんですね。
辻「乳酸にはもう1つ働きがあって、生乳が固まるのも乳酸のおかげなんです。
生乳には“カゼイン”というタンパク質が多く含まれているのですが、タンパク質は酸性になると固まっていく性質があります。乳酸は酸性なので、乳酸が増えていくと混合した原料中の“酸度”が上がってカゼインが固まり、ヨーグルトができます。この、酸度が上がるプロセスがヨーグルトの“発酵”になるわけですね」
ヨーグルト発酵の手順
1.原料(生乳と乳製品など)を混ぜる
2.混ぜた原料に高圧をかけて乳脂肪分を砕き、均質化する
3.原料を加熱し、乳原料中の腐敗菌などを殺菌
4.原料に2菌種の乳酸菌を加え、40~45℃で発酵させる
(40~45℃が一般的とされている)
──発酵にはどのくらい時間がかかるんですか?
古川「乳酸菌にもさまざまな種類があって、その乳酸菌がどのくらい乳酸を作り出すかによって変わってきます。わたしたちがご提供させていただいている『明治ブルガリアヨーグルトLB81 プレーン』(以下、明治ブルガリアヨーグルト)は“まろやか丹念発酵”という独自の製法で発酵させています。
発酵温度を低くするのが、おいしさの秘訣
──「まろやか丹念発酵」とはどんな製法ですか?
田中「10年ほど前から採用しているのですが、ヨーグルトの本場・ブルガリア共和国の伝統的な発酵手法をヒントにして考案した当社独自の製法です。ヨーグルトを発酵させる際の温度はだいたい40~45℃くらいが一般的なのですが、明治ブルガリアヨーグルトはそれよりも低温で、通常より時間をかけて発酵させています。あえて発酵温度を低くすると、まろやかな風味となめらかな食感を実現できるんです」
──多少、時間はかかってもおいしいヨーグルトを提供したいと?
田中「はい。しかし、できるだけ製造にかかる時間は短縮したいので、混合した原材料中の酸素濃度をあらかじめ下げてから乳酸菌を加えるようにしています。これも当社独自の製法になるのですが、酸素濃度を下げておくと、低温発酵させても通常の温度で発酵させたときと発酵時間がそれほど変わらないんです」
──酸素濃度を下げておくと、どうして時間を短縮できるのですか?
古川「明治ブルガリアヨーグルトを作るときには、2菌種の乳酸菌を使います。その2菌種が互いに助け合って増殖し、乳酸を活発に出すので発酵が進みます。
ただ、乳酸菌には酸素を好まない性質があります。そのため、自分たちがより活発に増殖できるように、混合した原材料中の酸素を追い出そうとします。この性質に着目し、混合した原材料中の酸素濃度を最初から下げて、乳酸菌が増えやすい環境を用意しておけば、乳酸菌が自分たちで環境を整える時間をカットし、その分じっくりと低温発酵に時間をかけられるよう考案した技術が使われています」
わかっているだけで、乳酸菌の種類は500菌種以上もある!
──明治ブルガリアヨーグルトは2菌種の乳酸菌を使うと言われましたが、乳酸菌は全部で何種類くらいあるんですか?
辻「現在確認されているだけでも、分類学上の菌種として500菌種以上はありますね」
──え、そんなに?
辻「はい。どの乳酸菌を使うかによって、ヨーグルトは酸味もなめらかさも変わってきます。
人間の性格が十人十色であるように乳酸菌の性質もさまざまです。2菌種のもとに性質の異なる菌株(菌種をさらに細かく分類したもの)が多数あり、その菌株を変えるだけで発酵にかかる時間や風味、食感ががらりと変わってきます。乳酸菌って、本当に不思議な微生物だと思います。わたしもまだ知らなかったような乳酸菌の不思議な力に出合えると、ちょっと感動することもあります」
“発酵”の意味はなんとなくわかっている気になっていましたが、乳酸菌が好物の乳糖(糖分)をパクパク食べて、そのときに乳酸と香り成分が作られるプロセスが“発酵”だったんですね。それにしても、乳酸菌は500菌種以上もあるなんて……。次回も、ヨーグルトの奥深い世界を、引き続き明治の辻さん、古川さん、田中さんにご紹介いただきます。
◎第2回:【ヨーグルト#2】時代のトレンドはダイバーシティ。ヨーグルトの世界でも、乳酸菌の多様性がおいしさを決めていた(8月31日18時公開予定)
(取材・文/横堀夏代)