劇作家・末満健一さんの『TRUMPシリーズ』は、何千年もの時間の中で繰り広げられる、ヴァンパイア(劇中では『ヴァンプ』と呼ぶ)の物語。思春期の若く美しいヴァンプが織りなすストーリーが多くのファンを惹(ひ)きつけてきた。同時に、各作品の物語からは、生と死をめぐる壮大なバックグラウンドも見えてきて、ファンの考察を掻(か)き立てる。後編では、シリーズの背景にある末満さんの死生観を聞いた。
(インタビュー前編の記事はこちら→劇作家・末満健一はなぜヴァンパイアを描いたのか? 寂しかった少年時代とTRUMPシリーズがライフワークになるまで)
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──TRUMPシリーズの吸血種には、思春期にあたる「繭期」があって、精神的に不安定になっていく設定があります。そのため、彼らは繭期になると「クラン」という学園のような収容施設に隔離されて暮らしています。初演作からある『TRUMP』のドラマに不可欠なキーワードですが、人の思春期や青春に対する末満さんの考えも反映されているのでしょうか。
(前編で)初めにお話ししたとおり、僕は中高時代の記憶がほとんどないくらいドライな思春期を過ごしていて、友達はひとりもいませんでした。かつ、大人になって省みると思春期ってなんでこんなことを考えてたんだろう、どうしてこんなことを言ってしまったんだろう、という苦い経験は僕も含めて誰かしらあると思います。
そういった、思春期特有のアンコントローラブルな感情を題材にしたいと考え、『TRUMP』や『LILIUM』では吸血種の年齢設定を少年少女にしました。
──『TRUMP』からしてクランという吸血種の学園を舞台にし、今回上演の『LILIUM-新約少女純潔歌劇-』でもやはり少女たちが隔離されて暮らすサナトリウムが舞台ですね。
僕自身が友人や親友といった類のものを得たことがない人生を送ってきたので、劇中の彼らの濃密な関係もすべて想像なんです。親友との友情や隣人との友愛、そういったものを知らない僕にとっては、宇宙の果てを想像することと同義なんです。自分では確かめようがないことなので、実体験をもとにして書くことはできない。すべては想像力から捻(ひね)り出さなくてはなりません。
『TRUMP』でも『LILIUM』でも、そこに流れる感情は僕の体験したものを手がかりにしたものではなく、すべて想像力から生まれたものです。だからファンタジーという題材を好んで扱うのかもしれませんね。
ただ、『TRUMP』に登場するクラウスや『LILIUM』のファルスは僕の分身的なキャラクターだと思っています。普段、僕が常に考えていることを拡大解釈してキャラクターに落とし込んでいる。だからクラウスやファルスにはとても感情移入しながら脚本を書いていますね。
──もうひとつ、生と死もTRUMPのキーワードではないでしょうか。吸血種の中にはその祖になった不死の存在(TRUE OF VAMP、略してTRUMP)がいるという伝説があって、何千年もの時代を行き来しながらそれぞれの舞台が展開されてきました。
あまり青春らしい経験をしてこなくて、このまま寂しい人生を送って死ぬのかなと思っていた僕が、惑星ピスタチオの作品と出合った衝撃のままに人生を賭けて打ち込んできたのが演劇なんです。無宗教者で無神論者の僕は、信仰によっての救いが望めないので、生きることと死ぬことと向き合うための手段が演劇だったのかもしれません。もう長い間、生と死の物語と向き合い続け、自分なりの死生観というのもずいぶん変容していきました。もう僕は、いつ死んでもいい覚悟ができてるんです。
──どういうことでしょう?
高校時代から不眠症であり睡眠恐怖症で、寝たらこのまま目が覚めないかもしれない、という想念を強烈に抱いています。そんな生活を何十年もしながら演劇では生死にまつわる話ばかりをしていると、ある種の達観というか諦観にたどり着いたんです。もう自分のやるべきことはここにはない。だから今死のうと何十年後かに死のうと、結局は同じことだと。最近は「もう死にたい」が口癖になってしまっていますね。まぁ、ただの鬱(うつ)なのかもしれませんけど。
いかなる人間にとっても死はとても間近です。今すぐ死ねる心の準備を常にしているし、明日生きている自信はありません。だから毎日寝る前も、このまま目を覚まさずに死ぬかも、と夜毎思っていて、僕にとって眠ることは死のシミュレーションなんです。だからある意味で僕は毎晩、死を経験している。目を閉じたら“さよなら、世界”と、家族とこの世に心の中で別れを告げてから布団に潜り込むみます。翌朝、起きると不思議な気分がします。ここは現実なのか、と。
僕は最終的には死ねてよかったと思いたい。だからTRUMPシリーズでは不老不死者という存在を通して、永遠に生き続ける者が至る境地とおぞましさを知りたいと考えてTRUMPシリーズの脚本にも投影してきました。TRUMPシリーズそのものが、キューブラー・ロス(※)の死の受容過程のような役割を帯びることができればいいですね。
※アメリカの精神科医。著書『死ぬ瞬間』で、死にゆく人の心理的なプロセスは否認・怒り・取引・抑うつ・受容の5段階に分けられると論じた。
宗教家なら、現世での使命とか死後の救済とか、生と死について解を提示できますけど、僕は宗教家ではないので、僕なりに現世のストレスや死に対峙(たいじ)して見い出したその時々の考えを作品にしていきたいんです。
50歳を区切りに完結させようと決めた
──若いころから死を身近に感じていたようですね。TRUMPシリーズも、すでに完結させたい構想をお持ちとお聞きしました。
僕の手で終わらせることは意識しています。38歳のときハードワークがあまりにキツくて心身ともにボロボロになって、これはもう長生きはできないだろうなと腹を括(くく)りました。劇作家として現役でいられるのが50歳までだと仮定すると、その時点からの残りは12年、意外と時間がないなと思いました。だからTRUMPシリーズも含めて、僕が担当させていただいている舞台はこれからすべて幕引きに向かって進んでいくはずです。
今年47歳になるので、あと3年ちょっとですべてに決着をつけるのは難しそうではあるのですが。諸々の完結は50歳を少し過ぎてからになりそうです。もしそれ以降もまだ生きていれば、残りの余生は自分が心底やりたいと思える作品だけを好きなようにやってみたいですね。
──平均寿命が延びていくこの時代に、すごく割り切った考えに感じます。
単純に今も忙しいし、「もう限界だ」と思った38歳のときからさらに体力も気力も落ちていますから(笑)。毎年、新作の脚本を5本ぐらい書いてそれを演出して、そのすべてをクオリティの高い作品にしなくちゃいけない。ヒットもさせないといけない──みたいなプレッシャーを背負いながらやってきたので、そろそろ解放されてもいいかなと。舞台『刀剣乱舞』も、初演からかかわらせてもらっていますが、どこかで区切りをつけるときがあるかなとは思います。
──それは舞台を観てくれるファンへの責任、という意味合いもありそうですね。
そうですね。例えば僕が担当させていただいているKステ(舞台『K』シリーズ)では、最終作の台本もすでにできているのにまだ上演できていないんです。応援してくださっているファンのみなさんに届けられない申し訳なさがあるので、どの舞台もそういった後悔を僕自身も、ファンのみなさんも味わわないようにしなければと思います。ちゃんと終わらせられないっていうのは悔しいんですよ。
『火の鳥』都市伝説のラストシーンに憧れた
──シリーズの最終作の構想も、すでに胸に秘めていらっしゃるとか。
最終作の脚本だけ書き上げておいて、僕の死後に上演してもらおうかなとも思ったんですが、さすがに周囲から「それはやめてくれ」と言われたので、生きているうちに完結させるほうに心が傾いています(笑)。
手塚治虫さんの『火の鳥』の最終話って、手塚さん本人が『火の鳥』現代編を描いている途中で机の上に突っ伏して亡くなっている1コマで終わるっていう噂があって、それが本当に正しい情報かどうかはさておき、その幕引きってめちゃくちゃカッコいいなって思ったんですね。『火の鳥』は古代と未来を行き来してだんだん現代に近づいていって、現代の最終話が手塚さんの死で終わるという都市伝説が面白くて、『TRUMP』も気がついたら『火の鳥』のような広い時間軸を持つ作品になりました。
──やはり少年時代に初めて読んだ手塚さんの作品も影響しているようですね。
人生のうちで何度か、手塚さんの作品を無性に読みたくなる時期があるんですよ。少年時代の僕もそうでした。つい最近も『火の鳥』を読み返したばかりです。
他には桜玉吉さんの作品が大好きで、大きな影響を受けています。玉吉さんの初期作『しあわせのかたち』なんて最初はゲームのパロディマンガだったのに、どんどん作風が変わってご自身のエッセイマンガになり、その後の『幽玄漫玉日記』では鬱との闘病が描かれるようになる。そんな玉吉さんの心象風景にも影響されて、若いころの僕の人生観・死生観ができたように思います。
もちろん『TRUMP』を書き始めたころから、話題性だけでなくクオリティの高い舞台をお届けして、かつ笑えるところでは笑ってもらって、悲劇では心を震わせてもらって、誰かの特別な作品になれるように作品づくりに取り組んできました。そこに僕なりの死生観や、ゴシック・ファンタジーのパッケージで見た目にも楽しんでもらおうと、試行錯誤を続けながら今に至ります。僕に残された時間も永遠ではありませんが、『TRUMP』についてきてくださっているファンのみなさんためにも、頭も身体もしっかり働くうちに、完結させる責任は果たしたいですね。
(取材・文/大宮高史)
《PROFILE》
末満健一(すえみつ・けんいち) 1976年、大阪府生まれ。脚本家・演出家・俳優。’96年、惑星ピスタチオに入団。2002年に演劇ユニット・ピースピットを創設。’09年に「TRUMPシリーズ」第1作の『TRUMP』を上演、以後TRUMPシリーズは最新作『LILIUM -リリウム 新約少女純潔歌劇-』まで13作を上演する。’16年からは「刀ステ」こと舞台『刀剣乱舞』シリーズの脚本・演出を担当し、舞台『鬼滅の刃』を’20年の初演から’22年の『其ノ参 無限夢列車』まで演出を手がける。
『LILIUM -リリウム 新約少女純潔歌劇-』
作・演出/末満健一 音楽/和田俊輔
出演:内田未来/浜浦彩乃/大森未来衣/斎藤瑠希/白鳥光夏/河本彩伽/北御門亜美/齋藤千夏/加藤弘美/真弓/アイザワアイ/岡本美歌/川崎愛香里/中原櫻乃/黒木柚衣奈/八尋雪綺/能勢うらら <スウィング>金井菜々/渡辺菜花
【東京公演】2023年4月15日(土)〜23 日(日)/サンシャイン劇場
【大阪公演】2023年4月28日(金)〜5月3日(水・祝)/梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ