『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』など、アニメ作品の劇場版が立て続けにヒットを飛ばしています。そして、作品に負けない人気を誇るのが、登場人物たちの“声”を担当する声優です。テレビを見ているとき、「あれ、この声、どこかで聞いたことがあるぞ」と思ってもなかなか思い出せない。でも、あとになって、それが人気のアニメキャラや映画の吹き替えをしている声優の声だったとわかるような経験をしたことのある人もいるでしょう。
新シリーズ『声のお仕事』では、映画の吹き替えで活躍する声優に、思い入れの強い映画と俳優について語ってもらいます。第1弾(全4回)は、ジェイソン・ステイサムの吹き替えでおなじみの山路和弘さんです。
吹き替えは、口の形で視聴者を錯覚させる仕事
──映画の吹き替えというお仕事は、舞台での芝居やアニメーションとはどのようなところで違うのでしょうか?
「海外の俳優は、英語やフランス語、韓国語などの母国語で話しています。ぼくたちは担当する俳優の口の動きに合わせて日本語の台詞(せりふ)を吹き込むわけですが、演技そのものはその俳優がもうしっかり演じてくれています。そういう意味では、一から役を作り込んでいく舞台やアニメよりも楽な部分はあるんですよ」
──外国語と日本語では、息づかいや言葉を切るタイミングがかなり違いますか?
「そうですね。ちょっとしたブレス(息継ぎ)のタイミングをつかんでおかないと、後々、続かなくなることがあります。ぼくたちは俳優が話す台詞の中で、必要な単語や表現を吹き替えるわけですが、いちばん大事なのは、最後の口の形が“似ている”と視聴者に錯覚させることなんです」
──言葉は違うのに、台詞の最後が似るようにするわけですか?
「むかし、先輩の家弓家正(※1)さんが“この仕事は錯覚だからね”と、よくおっしゃっていました。そこにこだわって吹き替えをやるようにしているので、台本どおりに吹き替えると“合わないな”と感じることもあるんですが、そういうときは自分で語尾を微妙に変えることがあります」
(※1)家弓家正(かゆみ・いえまさ):フランク・シナトラやジェームズ・スチュアートなど、往年の大スターの吹き替えを担当した声優、俳優(2014年没)。
──アドリブというか、そういうところは声優に一任されるものなのですか?
「いや、むかしはそれをやると、音響監督に“よけいなことをするな!”と怒鳴られたものです(笑)。でも、どうやっても不自然になることもあるし、ぼくはその不自然な感じが嫌だったので、“この人なら怒られないな”という監督のときだけ、様子をみながらやっていた覚えがあります。若い頃ですけど」
NGシーンを見て「バカだなあコイツ」と笑ってしまった
──これまで多くの俳優の吹き替えをやってこられましたが、その中でもジェイソン・ステイサムは、ほぼ全作品の吹き替えを担当されています。ジェイソン・ステイサムは『ワイルド・スピード』シリーズや『アドレナリン』シリーズなど、テンポの速いノンストップアクション映画の主役を演じることが多い俳優ですが、彼の吹き替えはいかがですか?
「ぼくの声は彼の声とよく似ていると言われます。だから、親近感が湧きますね。実際、唸(うな)っているときの声がステイサムのものか、自分が発している声なのかわからなくなることがあります。
彼の演技は、口をパカパカと開けてしゃべるタイプではないのですが、息継ぎのタイミングが決まっているんですよ。息を吸うときに必ず表情に出るので、台詞は比較的合わせやすいです。そこにきて声が似てると言われているものだから、わりと力を抜いてできる俳優です」
──思い入れのある作品はありますか?
「『アドレナリン』シリーズが大好きです。ハードなアクション映画ですけど、コミカルなシーンも多い。彼自身、そういうのが好きなんじゃないかな。主人公が最初から最後までずっと走り回って暴れているみたいな。他の作品でもハードボイルドな役を演じていますが、原点はこういうアクション映画だろうと思っています」
──『アドレナリン2』では、エンドロールで御本人によるNGシーンも公開されていますが、楽しそうですよね。そんなシーンにも吹き替え版では声を当てています。
「はい。本人も思っていた以上に火薬の量が多かったみたいですけど、激しく爆発しちゃうシーンとかありますよね。あのNGシーンを見たときは“バカだなあコイツ”と思いましたけど(笑)。でも、あれって自分でも絶対に面白がっていると思います。そういうところが好きなんです。
こんなことを言ったら怒られるかもしれないけど、ジェイソン・ステイサムって、どちらかというと、C級やD級映画のような作りのときのほうが面白い作品になっていると感じますね。そういう映画のほうが演者としても輝いているなあと、声を当てながら思っています」
──最初に吹き替えを担当したときのことは覚えていますか?
「『Snatch』(※2)だったと思います。まだ彼が若いときでした。その頃から頭髪は今の形に近かったですけど、当時はもっと痩せていて、スラっとしていました。彼はもともと、水泳の飛び込み選手だったんですよね。だから、すごくスタイルのいい男だなという印象が強かったんです。2本目、3本目と吹き替えをやるたびに筋肉がついてムキムキになっていきました」
(※2)『Snatch(スナッチ)』:ジェイソン・ステイサムがブラット・ピットらと共演したクライムコメディ。2000年製作。
自分の声が嫌いで、収録語に聞き直すとゾッとする
──アフレコのときの印象深いトピックはありますか?
「『アドレナリン』シリーズで言えば、“もっと(声を)かすれさせられないか”と攻めすぎて、ものすごくせき込んだことがあります。初期の頃ですけど、あのときはやりすぎました」
──難しいシーンがあって、リテイク(録音のし直し)が多かったことなどは?
「ジェイソン・ステイサムの作品って、実は難しい台詞が少ないんですよ。アクションが多いので、“オイ!”とか“クソ!”とか口汚く叫ぶだけだったり(笑)。調子に乗ると喉を痛めてしまうので、そこは気をつけながらやっている感じです」
──ご自身が吹き替えた映像作品を、あとでご覧になることはありますか?
「たまたま見るときはありますけれども、自分から積極的に見ることはないです。そもそも、ぼくは自分の声があまり好きじゃないんですよ。今ではだいぶ慣れましたけどね。吹き替えの仕事を始めた頃は嫌で嫌でしょうがなかった(笑)」
──“渋くてセクシーな声”をしてらっしゃると思いますが。
「いやいや、自分の声を聞くと、なんだかゾッとしますね。気持ち悪いですよ。“自分の声が好き”という声優さんは結構いますけど。でも、ジェイソン・ステイサムの声は嫌いじゃないです。自分の声が嫌いだから“似ている”と言われると“う~む”となりますけど、彼の声は嫌いじゃない。不思議ですね」
──ご自身の声が独特であるという自覚はありますか?
「それはあります。独特というか、“喉を引っかくような声”とは言われますね。その他には“しゃがれ声”とか。だから、字幕で映画を見ているときに、まだ広く知られてないけどキャリアがある俳優の声がしゃがれていたりすると、“これはオレに吹き替えの役がくるかもしれない”と思うときはありますね。その後、その俳優が実際に売れてくると、“きた、きた、売れてきた!”と、ひそかに期待してしまいます(笑)」
──逆に、字幕版の洋画はよくご覧になるんですね?
「見るときは、字幕版のほうが多いです。長く吹き替えをしていると、吹き替え版は声を当てている人の顔が浮かんできちゃうので。“また芳忠(※3)がやっているよ”とか(笑)」
(※3)大塚芳忠(おおつか・ほうちゅう):声優。『ワイルド・スピード』や『エクスペンダブルス』などで山路氏と共演多数。
念願は、ジェイソン・ステイサムが演じるジェームズ・ボンド!
──ジェイソン・ステイサムの吹き替えを担当していると、いろいろと騒がれませんか。
「彼のことが好きな人はとことん好きみたいですね。ぼくが声を当てているのをそういう人たちに知られて、驚かれたことは何度かありました。
たとえば、京都に行くと、芸事にうるさい客が集まるようなバーがあるんです。そういうところで“役者やっています”とか“声優やっています”と言っても、“ああ、そうでっか”で終わることが多い。京都を舞台にしたドラマがあったり、太秦(うずまさ)のような撮影所があったりするので、役者は身近な存在なのか、こなれた反応なんです。
ところが、“ジェイソン・ステイサムの吹き替えはほとんどやっているんですよ”と言うと、急に目の色が変わる(笑)。そういう経験はあります」
──ジェイソンファンなのに、目の前で山路さんの声を聞いていても気づかないんですか。
「ほとんど気づかないと思います。吹き替えのときは役に入り込んでいるので、地声とは微妙に違っているのでしょう。それに、ジェイソン・ステイサムって、スクリーンを離れたときの口調も渋いんですよ。ふだんのぼくはチャラチャラしてるから、よけいに気づかれないと思いますよ(笑)。目をつぶって聞いてもらえば、“似てるかも”と思う人がいるかもしれませんけど」
──末長く吹き替えをしていきたい役者さんですか?
「それはもちろん。だから、もっともっと大作に抜てきされてほしいと思っています。いっとき、“007をやりたい”というようなことをコメントしていたようなんですけど、いつのまにか消えてしまいました。ぼくからすれば、“ぜひ、やってくれよ”ですけどね(笑)。彼は007のイメージに合っていると思うし、ぼくも『ジェイソン・ステイサム版007』の吹き替えをしてみたいですから。
彼はスタイルもいいし、とても格好いいんだけど、どうして“スキンヘッドと無精ヒゲとムキムキ”の組み合わせってモテるのかなあ。(同席した女性カメラマンに)ねえ、ジェイソン・ステイサムって、セクシーに見える? (女性カメラマンがうなずくと)やっぱりセクシーに見えるのか。男としての自信がそう見せるのかなあ、うらやましいなあ(笑)」
ほぼ全作品の吹き替えを担当し、ジェイソン・ステイサムは山路さんの“ハマリ役”の1つですが、声が似ているだけでなく、自然体でアフレコに臨んでいる雰囲気が伺えました。それなのに、ご自分の声が嫌いだなんて、意外ですね。次回は、『X-MEN』シリーズなど多くの作品で吹き替えを担当したヒュー・ジャックマンを中心に話を伺います。
◎第2回:山路和弘さん#2「ヒュー・ジャックマン本人のアフレコ映像を見たとき、心の中で謝ったよ」(9月29日19時公開予定)
(取材・文/キビタキビオ)
《PROFILE》
山路和弘(やまじ・かずひろ) 1954年、三重県生まれ。1979年に劇団青年座に入団後、舞台を中心にドラマ、映画で活躍。声優としても洋画の吹き替えを中心に多数の役を担当している。歌唱力にも定評があり、2011年に出演したミュージカル『宝塚BOYS』『アンナ・カレーニナ』で第36回菊田一夫演劇賞(演劇賞)を、2018年には第59回毎日芸術賞を受賞。近年はアニメーションの出演も多く、『進撃の巨人』『ONE PIECE』『SPY×FAMILY』などの人気作品にも出演。現在、放送中のNHK連続テレビ小説『ちむどんどん』では、前田善一役で出演している。